こまもりブログ

"子宮頸がんワクチン公費補助の問題"へのコメント

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ついでにいうと、世界の諸宗教や思想家が互いに歩み寄らない間は、宗教対立や思想対立による深刻な紛争(正義感と正義感の戦い、使命感と使命感の戦い)が続くでしょうから、真の世界平和は来ないと思います。

現状を考えると、なんだか絶望的な気にもなってしまいますが、でも希望を持ちたい。

ペンこまもりパパ
時計05/13 02:58

12434さん

仰るとおり宗教に問題は多いです。宗教対立は世界の紛争の主要原因となっていますし、民族対立よりも根が深いと思います。宗教対立では兄弟でも殺し合いますから。

それと同様に、思想対立も危険です。ソ連崩壊などで姿を消していったマルクス主義や社会主義なども危険な思想だと思っています。スターリンやチャウシェスクのような人が現れます。
労働価値説とか反分子などという発想は生命の尊さと相反するものです。

でも、私は世界の紛争を解決するのは宗教人や思想家の使命が大きいと思っています。経済人は自己の利益を優先しますし、政治家は自分の票に繋がる範囲の利益を優先します。それは悪では無く、構造上仕方の無いことです。

自己の利益優先では無く、国境を越えた発想をして、具体的な影響力を持つ人たちが一致団結してこそ、真の世界平和を実現出来ると思います。

宗教人や思想家以外にも、国境を越えられる人たちはいます。科学者や医師や芸術家などもそうです。でも世界を動かすほどの影響力をもつのは難しいでしょう。

もちろん、今すぐ宗教を政治の世界に持ち込むのは危険だと思います。でも、宗教人や思想家たちが互いを理解し合えるようになったら、そのときは、政治家よりも宗教家や思想家が全人類レベルの幸福をめざして議論すべきと思います。

多くの宗教学者が言っていますが、宗教は大部分が共通していて、僅かな違いで対立しているだけだそうですから、理解し合って団結する可能性は十分にあると思います。

そういう意味で、世界の紛争を解決するために、政治の世界に宗教面や思想面の相互理解が必要になると考えています。
だから、宗教対立を解決する段階になれば、政治と諸宗教が組む必要があると思います。政治家だけでは宗教対立は解決できない(当事者の気持ちを理解すら出来ない)と思います。

現時点ではまだそのような段階ではありませんので、分ける必要があるでしょうけど。

ついでに、信仰に限りなく近い右翼思想や左翼思想も分けてもらいたいけどね。

ペンこまもりパパ
時計05/13 02:34

黒屋ぶるーさん、相変わらず悪意を持って見ているいるようで。

何故、健全でないことを「ダメな親」ととらえるのですか。あなたは普段からそのような「ダメな親」とかいう発想をしているのですか。私はそんなこと一言も言っていません。

「純潔を重んじる家庭の多くが、性体験に寛容な家庭を負担する」というふうに言うべきだったのでしょうか。それでも足りない?

どういう意味ですか?と尋ねられるのならいいけど、ちょっとした曖昧な表現を悪意を持って、ほぼ断定的に受け取られてしまう。

だから、あなたと議論するのって面倒なんですよ。

それから、存在することが証明できなくても、存在しないとは断言できません。
電波の存在を証明出来ない時代には電波は無かったのか、クォークの存在を確認できない時代にはクォークは無かったのか。そう考えれば分かりますよね。

地動説を完全に証明できなかった時代にガリレオを迫害した学者たち(天動説の信者)と同じような危険な発想かも知れませんよ。

「現在の科学技術では宇宙の原因的存在としての神が存在するとも存在しないとも断定できない」のではありませんか。

ペンこまもりパパ
時計05/13 01:49

「全てを受け入れて自分の考えを変え」ろ、なんて言ってないですってば。

>健全に育てている家庭には不要なものですが、子どもが性欲に溺れている家庭には有益です。公費負担にすると、健全に育てている家庭が、そうでない家庭の負担をすることになります。

この件なんか顕著ですが、「公費補助を訴えている親は子どもをまともに躾けられない駄目な親」と言っているように見えますよ。
そういう意味で言っているのであれば、貴方は公費補助を訴える親たちを侮辱したことになるんですが、それが分かりませんか。

あとね

>神仏が存在すると信じるのが宗教であれば、存在しないと信じるのが思想です。どちらも、未だ証明できていないわけですから。

「○○が存在しないことの証明」は原理的に不可能なので、存在することが証明できないならば、一般論としては神も仏も存在しませんよ。
そこで「個人の信念としてなら神や仏の存在を信じてもいい」とするのが信教の自由であったり、思想・良心の自由であると私は思いますがね。
ペン黒屋ぶるー
時計05/12 14:37

私が、自分の考えと正反対の価値観を尊重するというのは、全てを受け入れて自分の考えを変えるのとは違います。全否定するのではなく、共感出来るところは認めるといった感じです。

それから、私が悪意を持っていると感じて、議論する前から偏見の目でみていらっしゃるのであれば、そういう方との議論は不毛と思いますので、議論はおしまいにしますが。

ペンこまもりパパ
時計05/11 22:02
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