2008年09月29日

兄弟の愛情

私が感動した兄弟愛のお話です。

これは昔に聞いたことがあったのですが、最近再び耳にして思い出しましたので掲載します。多少の間違いはあるかも知れませんが、記憶を辿りながら書きます。
確か米国の兄弟(兄と小さな妹)の話です。


お兄さんは買い物の途中で事故に遭って、救急車で病院に運ばれましたが、すぐに輸血しなければ命を失ってしまいます。

しかし、兄の血液型はRh-の特殊な血液型で、街から届けてもらったら間に合いません。

幸いなことに、妹の血液型は兄と同じでした。そこで、父親が妹にいいます。

父 :「お兄ちゃんに輸血してほしいんだ」
妹 :「………」
    (しばらく考えた後)
妹 :「いいよ、それでお兄ちゃんが助かるのなら」

妹の血液のおかげで、手術は無事に成功しました。
手術が終わって、ベッドに横たわっている妹のところで医師が話しかけました。

医師:「お兄ちゃんはもうだいじょうぶだよ」
妹 :「よかった。」
    (でも元気がありません)

医師:「どうしたの? 気分が悪いの?」
妹 :「先生 …… 私ははいつ死ぬの?」
医師:「えっ?」
妹 :「輸血したから死ぬんでしょ」
医師:「輸血しても死なないよ。
    自分は死ぬと思っているのに輸血してくれたの?」

自分の命を捧げて兄の命を救おうとした妹のお話です。
これは実話だそうです。
posted by こまもりパパ at 10:28 | Comment(4) | TrackBack(0) | いい話

2007年10月23日

沈清伝(シムチョンジョン)

ちょっと重苦しい話題が続きましたので気分転換に韓国の昔話「沈清伝(シムチョンジョン)」を紹介します

親思いの沈清(シム・チョン)という女性のお話です。

沈清の母は沈清を生む時に亡くなりました。父親の沈鶴圭(シム・ハッキュ)は目が見えません。沈清はそんな父親の面倒を見ながら物乞いをしながら生活していました。

 ある日、沈清の帰りが遅いのを心配して外へ出た父親は、川に落ちてしまいます。偶然そこを通りかかった僧侶に助けられ、その僧侶から「お寺に供養米300石を寄付すれば目が見えるようになる」と言われます。それを聞いた近所のおばさんがそのことを沈清に話します。

沈清は、今日食べるお米も無いくらいですから、全くあてがありませんでした。
そうしているうち、商人たちが来て、「船が王様の所に行くのに座礁しないように犠牲になってくれる娘はいないか。いたら何でも差し上げる」と供え物になる娘を捜していました。
沈清は「供養米300石をもらえるなら私が供え物になります」と約束しました。父親には内緒です。

父親との最後の夜、何も知らないで眠る父親のそばで、朝まで眠らずに真心を込めて父のお世話をします。
 朝、お別れの時、父には理由を言いませんでした。「長生きしてください、私を許してください」と最後の挨拶をした沈清は、父が止めるのを振り切って商人と一緒に船に乗りこみました。

船に乗ると嵐が来ました。そして、そこで沈清は約束通り父の目が見える事を願って海に沈みました。

その姿に龍王は感動し沈清を助け、沈清は龍宮でお姫様のような日々を過ごすことになります。でも、父の事が心配でならない沈清は龍王に地上に戻りたいと告げると、龍王は沈清を大きい蓮の花に包み、海の上に返してくれました。
その大きな蓮を商人たちが見つけ、珍しいため王様に捧げます。大きな蓮からは沈清が出てきて、王様は商人たちから沈清の話しを聞きます。感動した王様は沈清と結婚し、沈清は王妃になりました。

王様は、沈清の父親を捜すために全国の盲人を招いて宴会を開きます。
そのころ、父親の沈鶴圭は、沈清が身を投げても目が治らなかったことで苦しんでいました。

王様の宴会の知らせが入り、都まで何とかたどり着き、父娘は感動的に再会します。そして、そのときに奇跡的に父親の目が見えるようになったというお話です。


親が我が子のために命を捧げることはあっても、子供が親のために命を捧げるというのは簡単ではありません。韓国の子供たちは、このような昔話を聞きながら、親孝行を美徳として感じるようになっていくのでしょう。

日本の昔話は、正直爺さんと意地悪爺さんがいて、正直爺さんがお金持ちになるという話しがすごく多いですが、韓国の昔話は、お金ではない幸せを得られる昔話が沢山あります。民族の違いというか価値観の違いなのでしょうね。
posted by こまもりパパ at 13:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | いい話

2007年07月23日

親の深い愛情

ちょっと感動するお話(聞いた話です)

朝鮮戦争の最中、米軍の男が雪の中で行軍しているとき、赤ん坊の泣声が聞こえてきました。

泣き声が聞こえるほうに行って雪を掘ってみると、赤ん坊が布にくるまれて泣いていました。見ると横には裸同然の女性が雪の中で横たわっていました。発見が遅く、女性は既に凍死していました。

その男には、二人の関係がすぐに分かりました。その女性は赤ん坊の母親で、赤ん坊を包んでいた服は、その母親が脱いだ服だったのです。

その男は、そこに母親の墓をつくってあげて、赤ん坊は軍に連れて帰りました。そして、戦争が終わり、その米軍はその赤ん坊を養子として引き取って自分で育てる事にしました。

それから30年が経ちました....

その男は、その子が30歳になった頃、韓国の母親の墓のところに連れて行きました。お墓はもう崩れていました。そこで息子に、発見したときの様子を初めて話したそうです。

その息子はその場で泣き崩れ、自分の服を脱いで墓にかけて、墓を抱いて「お母さん、寒かったでしょう。お母さん、寒かったでしょう」と泣きつづけていたそうです。


聞いた話ですから、少しは間違っているかもしれません。
でも、自分を犠牲にしても子供を幸せにしてあげたいと願うのは世界中の親が皆持っている情でしょう。

出来ることなら我が子を良い環境で育てたいし、幸せにしてあげたいという思いは世界共通の願いでしょう。

今の日本は、戦争や、地雷、飢餓、テロ、銃、伝染病などの危険性はとても少ない国です。国の補助も十分とは言えなくても、餓死することは少ない環境です。生命に関してはとても恵まれた国だと思います。

でも、精神面での安全を考えると、子育てするには決して安全な環境ではない感じます。親が自分を犠牲にしても、ひとりの親の力だけではどうすることも出来ない悪い環境が多くあるのを感じます。

親の願いや愛情とは裏腹に、環境は悪くなる一方のような気がしてなりません。
posted by こまもりパパ at 11:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | いい話