2008年06月20日

他人を許せない時、どうするか?

私は時々、誰かを生理的に「許せない」とか「嫌いだ」という思いになることがあります。昔と比べたら減りましたけど、まだまだ沢山あります。

そんなときの、わたし流の対応方法です
(参考になるかどうかわかりませんが)

誰かを許せないとか嫌いになったとき、例えば、
 「無責任な人を許せない」とか
 「我がままな人を許せない」とか
 「自慢話ばかりする人が嫌い」とか
 「自己中心な人が嫌い」とか…。

そんな時、私は、自分の中に相手と同様の悪い思いが無いかをチェックするようにしています。

すると発見しちゃうんです、自分の中にも。
 「責任持ちたくないのに、我慢して頑張っている自分」
 「わがまま言いたいのを言わないで我慢している自分」
 「自慢話したいのを我慢している自分」
 「自己中心で自由に生活したいのを我慢している自分」
を。

そうすると、「我慢しているかどうかの違い」だけであって、イヤイヤやっているとか、感謝していないとか、心の醜い部分は同じようなものだということを発見します。

そうすると、自分の課題も見えてくるし、少しは相手を許せるようになります。

「俺は性格良いのに、君はどうして性格悪いんだ」じゃなくて、
「おまえ、もう少し我慢したらどうだ。俺だって君と同じ性格だけど我慢してるんだよ」ってなります。
これで相手を許せない気持ちが減ることが多いです。

そういうことを繰り返して来て思うことがあります。
・自分が持っているのと同じ悪い部分を、相手にも発見したときに「許せない」とか「嫌い」って感情が出やすい
・自分が持っていない悪い部分を、相手に発見したときは、相手を同情する思いが生じる

そんな気がしています。(わたしの場合です)



追記(2008/7/8)

これを読んだ方から「偽善者」と言われてしまったので追記します。
言いたかったのは、「自分が優位に立って許してやる」じゃなくて、「自分も五十歩百歩だから、相手を責めるほど偉くない」と気付くことで解決の道があるということです。真意が上手く伝わらなかったのか、実際に私が傲慢で偽善者なのか正直分からないのですが。

当然、ここに書いたことは、私が常に出来ている事じゃないです。
(胸を張って言う事じゃないけど...)
常に出来る人がいたら、その人は「聖人」と呼ぺるんじゃないかと思うくらい、私にとっては難しいことです。

ここで書いた話は、昔に人から教えられたことで、聞いたときは観念的にしか分かりませんでしたが、実践(実験)してみて何度か成功したので、確信を強めつつある状況です。
ただし、正直、とても難しい事だと感じていて、自分の情を押し殺すのが精一杯という事が少なくありません。

それでも、小さな成功体験が何度かあります。
相手の非を見て軽蔑していた自分なのに、自分の中にも同じ非を見つけると、相手と五十歩百歩だと思うようになり、不思議なくらい相手を許せる様になりました。逆に自分を責めるようになることも結構ありました。そしたら、見えなかった相手の良い面を発見したこともあります。

すぐに気がつくこともあれば、何ヶ月もかかったこともあります。未だに解決できず忍耐し続けている問題も結構あります。

すぐに結果は出ないかも知れませんが、「相手の中に非を見つけて軽蔑の思いが出たときは、自分の中に同じ非を探す」というのは今後も意識し続けようと思っています。自分は幼い頃から情が屈折していたので、ひとと同じ努力じゃ更生されないからね。
posted by こまもりパパ at 00:42 | Comment(5) | TrackBack(1) | 関係ない話
この記事へのコメント
実は同じゼミに、例の秋葉原の事件を見て大喜びしている大馬鹿野郎がいて困っています。ここまで来ると嫌い言うより正直心配です。一体どうすればいいでしょうか?
Posted by 12434 at 2008年06月20日 23:11

何を喜んでいるんでしょうかね。悪ぶっているくらいなら救いようもありそうですけど。

私にアドバイスが出来るほどの知識と経験は正直いって無いので、「自分だったらこうやって試みる」って話をします。

心の傷が深いと、理性よりも憎しみの気持ちが勝ってしまって、発想も言動も乱暴になり易いです。でも本人は、良心の呵責を感じながら葛藤しているかもしれません。

まずは、葛藤していることを信じて、話を聞いてみます。私の聞くときの観点は次のようなものです。

・思いやりの言葉とか、共感できるところは「自分もそう思う」とハッキリ言う。
・共感できないところは否定も肯定もしないで「ふ〜ん、それから?」って言って聞き流す。相手の気持ちになって真面目に考えるとこちらが悪影響を受けるので、聞き流します。

相手の良心を引き出してあげるのが目的で聞くのですから、関係ないことは聞き流しても悪い事じゃありません。ここは目的観に徹します。

普通は「自分のくだらない話を否定しないで真面目聞いてくれる」だけでも嬉しいものです。2、3時間位は覚悟して話を聞きます。

話を真面目に聞いてくれたという満足感で、憎しみの気持ちが少し解けてきたら、正常な言葉が増えてくるはずです。

2,3時間、話を聞いても変わらないようなら、よっぽど憎しみの心で凝り固まっているので、私の力では無理だと判断します。チームを組んで対応するか、関わらないようにするか、学校カウンセラーとか専門家に任せた方がいいです。どれを選ぶかは相手次第ですね。

でないと、こちらが悪い影響を受けてしまいます。憎しみの気持ちって伝染することがあるのでね。伝染したら、私が周囲に悪影響を与える人になってしまいますから。

それでも自分が悪い影響を受けることがあります。(批判的な気持ちが強くなるとか…)。
受けてしまったと感じたら、誰か「自分を信じてくれている人」とか「恨みっぽく無い人」に一通り話してみると落ち着きます。

普段の会話の中で、憎しみの思いとか、批判の言葉、被害者意識、責任転嫁などがあまりにも多いことが分かっている場合は、最初から一人では無理と判断して、慎重に対応すべきと思います。

それは自己防衛って意味もありますが、自分も周囲に影響与えるので、自分の精神的安定を維持するのも、大切な社会活動の一つだと思いますから。

アドバイスじゃないので、これで上手くいくという保障はありません。でも私だったらこのようにしてみます。
Posted by こまもりパパ at 2008年06月21日 13:23

そいつのは悪ふざけではなくいわゆる性癖のようです。エクスタシーを感じるとか言ってましたし。まあ、そう言う性的嗜好のうんぬんのことはあえて追求しませんが、ただ人が絶対嫌な思いがするのだからせめて他人に言うのはよしてもらいたいもんです。
Posted by 12434 at 2008年06月22日 17:14

イヤですねそういう人。近くにいるだけで不快な気持ちになりそう。

私には分からない。ちょっと手に負えない感じがします。
私の近くでは、注目されたくて悪ぶった話をして反応を楽しむ人がいましたが、こちらが反応しないでいたら、普通の人になりました。

でも、人が殺されている事件で喜ぶというのは、かなり異常な感覚ですね。普通は冗談でも言えない。

家庭環境に問題があるのか、病気なのか。
どちらにせよ、その人に真面目に話しても時間と労力の無駄という気がするなぁ。

変質者も多いから、その予備軍とか、それに近い人とか多いんのかなぁ。
Posted by こまもりパパ at 2008年06月22日 23:13

コピーブランド1837年にぎやかな瑪徳琳地区が彼の第一を開いた間に銭包店。あれが財布がまだ登場していないのな前の19世紀、あれは1つの太平で派手な年代で、財布は最もはっきり越えないブランドです。その時貴族達のよく使う“コピーブランド”は商標の由来でした。取引先のために各種の精致な部品を作って、まじめな働く精神とずば抜けている腕前は多い好評を獲得して、二流の商店の注文書から来たのは更に絶え間ありません。コピーブランド
Posted by コピーブランド at 2014年02月22日 18:40

コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/16190798
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック

偽善者はいる
Excerpt: 確かに偽善者はいる。百歩譲って、本気で悪意はなくとも、他人を卑下し傷つける、主に
Weblog: 雑記帳(主に辛口)
Tracked: 2008-07-03 23:46