2008年03月27日

18歳成人の議論について (一人前とは?)

最近はあまり目にしなくなりましたが、「18歳で成人と認めるか」とう議論がなされていました(現在進行中かな)

その是非は正直よくわかりませんので、コメントは控えます。
その代わりに、「成人」とか「大人」って何なのかを考えてみようと思います。

よく「一人前の人間って何ですか?」 という問いかけに対して、
「生まれてからこれまで自分に手をかけてもらった以上を誰かに返したら一人前だ」という話を聞きます。
分かりやすいし何だか説得力があります。

「俺は誰の助けも借りずに生きているんだから、もう一人前だ」というのは間違いだという訳です。それはまだ一人前じゃないというのです。

誰でも赤ん坊の頃は、誰かの手を借りなければ生きることすら出来ません。そして、食べる物や着る物を与えてもらい、食べ方や言葉を教えてもらい、病気になれば看病してもらい、生きるために基本的に必要なあらゆる施しを受けながら生きます。学費を出してもらうことも多いでしょう。普通は20年前後の期間、そのように多くの物を受けながら成長しています。

それを返し始めるのが日本では20歳前後ですね。仕事を始めて親に仕送りをしたり、自分がしてもらったように我が子を育てたり、他人の子の面倒を見たり、お年寄りの面倒を見たりしながら何年もかけて恩を返すわけです。

そう考えると、夫婦で二人の子供を立派に育てたら、自分が親から受けた量の恩を与えたことになると思います。
我が家には子供が4人いますから、立派に育て終わったら、一人前と胸を張って言っても良いのかなと思っています。あと15年くらいかかりますが。

夫婦で二人のお子さんがいなければ、その分、親や他人に施してこそ一人前の人になれるのだという計算になります。

最低限、受けた物は誰かに与えないと減る一方ですからね。

成人というのは、受けることから与える事への転換点という見方も悪くないと思います。
posted by こまもりパパ at 13:08 | Comment(2) | TrackBack(0) | 関係ない話
この記事へのコメント
仰ることはわかります。しかしこの場合は「親孝行」とは何なのか?と言う話になると思います。私の実家では農業を営んでいますが両親は農作業より就職活動の方を優先させてくれます。私は両親に感謝していますが、やはり親のためには自分は立派な社会人に成りたいと思うワケです。思うに、どんな仕事でもいいと思います。自分でしっかり稼げるようになることは重要であると。まあ、要はわかりやすく言いますとなんだかんだ言って自立するのが最も「親に心配をかけない」ことであり親孝行になると思います。俺が生意気なこと言うのもなんですが、それを成し遂げるためには「他人に施す」と言う余裕がなかなか無いのではないでしょうか?俺個人に取ってはそれを成し遂げた人は十分「1人前」に見えます。
Posted by 12434 at 2008年03月28日 22:52

12434さん、こんにちは
いいご両親のようですね。それに12434さんは親思いで素晴らしいです。
親にとっては子供が自立してくれるというのはとっても嬉しいことなんだろうと私も思います。子供が小さいのでまだ経験がないのですけど。

それから、親を超える事が親孝行だって話を聞いたことがあります。他人に抜かれることは悔しいものですけど、子供が自分以上になるのは嬉しいそうで。逆に、自分以下で終わってしまうととても寂しいらしいです。自分よりも幸せになって欲しいと願うのが親心だって。子育てしながら、少しずつですが、そういう気持ちが分かり始めました。

自分が施しを受けた分、自分が誰かに施すって難しいですよね。子育て以外にも、弟子を育てる、後輩を育てる、お客さんに尽くすっていうのもありますけど、他人に施すって大変ですね。子育てが一番楽なんじゃないかと思うようになりました。
Posted by こまもりパパ at 2008年03月28日 23:54

コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/13199566
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック