2008年03月03日

作為的な? 言葉遊びの罪悪

どうも知識人たちは、言葉遊びで大衆を扇動する傾向が強い感じがします。これは日本独特の文化なのか、諸外国でも同様なのかは知りませんが。
それに簡単に騙される人が多いのも残念です。


いくつか例を挙げてみます

満月 「フリーセックス」
これは、日本では誰彼構わずセックスする事を意味しますけど、本来は「性差(sex)を無くす(free)」という意味であったそうです。それが少し拡大解釈されても、「税金を納め、子育てに責任を持つ相手ならセックスしてもいい」という意味で使われる程度であったそうです。

しかし、これを日本では「エロい」意味に変えて広めてしまいました。日本の知識人ってそんなことばかり考えているのかな?
世界でフリーセックスが流行していたのは確かでしたが、意味が違いました。間違ったフリーセックスが流行の最先端のように思いこんだ日本人はおかしな方向に進んでしまいました。


満月 「女性の社会進出」

これ、どう解釈しても問題です。
これまで女性は、子育てや親の面倒を見たり、地元の横のつながりやPTA活動など男性とは違う場所で様々な役割をしていたと思います。
でも、「女性の社会進出を推進しよう」と言われると、なんだか今まで女性は社会に居なかったような、社会には役立っていなかったような、疎外されていた寂しさを感じますね。

その実際の活動を見ると「社会進出」と言っている割には、推進している方向は、「女性の経済競争社会へ進出」だったりします。
最初から、「女性も経済競争社会に進出しましょう」と言われていたら多くの女性は損をしていたとも思わなかったと思います。なぜ誤解される表現にしたのでしょうか。

多くの女性に「被害者意識」や「不公平感」を与えて騙すために作為的に言葉を変えているとしたら、これは、ほとんど詐欺というか犯罪ですね。

逆に作為的でないのなら、これを主張している人たちが、本当に女性たちは社会活動に参加していないと考えていることになります。これは明らかに女性に対する侮辱です。とても偏見に満ちていますね。

犯罪か偏見か分かりませんが、どちらにせよそんなことを主張している政党や評論家たちに言いたい放題言われて女性たちは悔しくないのでしょうか。それとも、多くの女性たちは、自分たちの子育てや近所づきあいなどは社会活動じゃないと本気で思っているのでしょうか。


満月 「男女共同参画社会」
も同じですね。
今までだって男女は共同で社会を作ってきたと思うんだけどね。
それに、その運動が目指しているのは、やっぱり「男女平等競争社会」って感じがしますし。名称と実際の方向性が合ってません。女性が参画していないという誤解を与えて煽動するためにこの呼称にしたのでしょうか。


満月 「権利」

この「権利」という言葉は必ず「責任」とセットで考えないといけないのに、責任という言葉を隠して、権利だけを主張する人がいます。子供の人権、加害者の人権、女性の権利など。
もちろん、国連が言う子供の権利というのは基本的な人権のことですからそれは正しいでしょう。
でも、日本は携帯電話代まで親が出しているような国です。
その日本の小学校では、「親の言うことを聞かなくても良い権利」を教え、中学校では「誰とでもセックスする相手を自分で選ぶ権利」を教えている学校が少なくないそうです。
「責任」はどこに行ってしまったのでしょうか?
そんなことを教えている人は、頭が変か悪意を持っているかのどちらかですね。


満月 「自由」

というのも間違って使われることがよくあと聞きました。
「自由に、のびのびと、個性豊かに育てる」などと言う人がいます。

子供には多くの自由が必要だなんて。まるで不自由が悪いことのような言い方です。
もし不自由が不幸だと言うなら、独身が幸せで、結婚や子供を産んだりしたら不幸になるはずです。
不自由になる結婚を何故するのか? 不自由になるのが分かっているのに何故子供を欲しがるのか?
そう考えれば、不自由と不幸とは関係ないことくらい、すぐに分かります。不自由な中でこそ親子や夫婦の絆が出来るというのです。勝手気ままに生きていたら絆が出来ないのです。
不自由が悪いことのように教える人たち、いい加減にやめてもらいたいです。


ちょっと思い出せませんが、他にもいろいろと気になる言葉がありました。
こんな言葉遊びというか、本質を隠した言葉によって、価値観や風紀を乱す行為は許し難いですし、そんな「実態と乖離した言葉」に騙される人が多いのも非常に残念です。
posted by こまもりパパ at 19:01 | Comment(3) | TrackBack(0) | 関係ない話
この記事へのコメント
いやいやいや。

それを言葉遊びだと仰るなら、貴方の解釈もまた言葉遊びですよ。

「女性の社会進出」「男女共同〜」で言われてる社会って、要するに会社組織とか職場という意味合いでの社会の事でしょう。
これを貴方の批判にあるような、地域社会などの広い意味と解釈するならば、、例えば「若者が成長して社会に出る」なんて言い回しだっておかしいことになります。広い意味での社会においては、子どもだって構成員の一人ですからね。

>その日本の小学校では、「親の言うことを聞かなくても良い権利」を教え、中学校では「誰とでもセックスする相手を自分で選ぶ権利」を教えている学校が少なくないそうです。

これなんか、どう見ても問題点だけを抜き出して要約したようにしか見えないのですが。
実際にどういった局面の話として言われているかとか、本当に責任の話を一切していないのか(たとえその授業内にはなくても、別の授業で責任の話をしている可能性だってありますよね)とか、そういった視点を交えずに「今の学校教育はこんなにダメなんだ!」と仰られても、単なる印象操作にしか見えませんよ。

>不自由になる結婚を何故するのか? 不自由になるのが分かっているのに何故子供を欲しがるのか?

これも自由という言葉を単一の意味でしか捉えていないせいです。
家庭を持てば制限がつくという意味では「不自由」ですが、それを自分で選んだのであれば「自由選択」の結果でしょう。
逆に言えば、今ではそう多くありませんが、親が勝手に決めた相手と結婚させられたり、経済的な問題などから結婚したくても出来ない人が不幸になる蓋然性(あくまで蓋然性ですが)は高くなるでしょう。

貴方は「言葉の本質」と仰いますが、それは貴方が勝手にそう思っているだけで、実際には言葉の解釈の一つにすぎません。
ある意味では、貴方もまた「本質を隠した言葉」を使っていると言えますよ。
Posted by 黒屋ぶるー at 2008年03月05日 16:26

黒屋ぶるーさん、いつもコメントありがとうございます。

確かに私の説明では「言葉遊び」の域かも知れませんね。私の話がいまいち本質を突いていなかったということですかね。

少し言いたかったことを補足します。

「社会」と聞いて「会社組織」とか「職場」だけを思い浮かべる人は少ないだろうと思っています。一般的には、共同生活している場の全てを思い浮かべると思います。
そういう点で、「女性の社会進出」の中の「社会」は一般的な社会の意味では無いと思います。

私の周囲で「女性の社会進出」を支持している女性たちに話を聞いてみると、夫から「誰のおかげで飯が食えると思っているんだ」と言われて、夫へのの反発が理由だったりしています。夫から、「家庭が安泰なのは君のおかげだよ」と言われればそれで十分みたいです。つまり、主婦は社会活動だと認めていない夫が問題なのです。

私の周囲だけのことじゃないように思います。
もし、「女性の経済競争社会への進出」とか「女性の会社組織への進出」という誤解されない表現だったら、私の周囲の専業主婦たちは支持していなかったでしょうね。

そう考えると、誤解のない名称だったなら、今ほど活発な運動にならなかった可能性が高いように思います。
実は、そのことが言いたかったのです。


それから、「若者が成長して社会に出る」ですが、社会の構成員には違いないけど、一人前の(自分で責任を持つ)人としての構成員になるという意味で捉えることが多いんじゃないかと思います。表面的には生活費を稼ぐことであっても、本質は、「親が責任を持つ人」から「自分で責任を持つ人」になる事を言っていると思います。

だから、この場合の「社会」もかなり広い意味での社会だと思います。


それから、「親の言うことを聞かなくて良い権利」は、CAPという教育プログラムで行われていることです。これは、家庭内の暴力による児童虐待や性的虐待から子供を救うためのプログラムなのですが、全ての子供に対して「危険な親も少なくない。親の言うことを必ずしも聞かなくても良い」と教えています。
一部の子には必要なんですけど、この教育を受けたあと親に反抗する子が増えて困っているという話も多く聞きます。
中学のは「現在の性教育」の話です。数年前と違って、今の性教育では「結婚」を重視していませんし、避妊方法の教育が中心になりつつあります。

どちらにしても、「責任」の取り方が分からない世代に対して、「権利」を教えているものだから、親としては困ります。


「自由」についてですが、言いたかったのは、「自由」を強調することへの警鐘です。「自由が良い」と言われれば、誰だって、「不自由は悪い」と考えます。自由か不自由かが幸不幸を決める重要な要因ではないと思いますが、単純な人たちは、そのまま信じてしまいます。
不自由が悪いと思っていたら、結婚しても危機を乗り越えられず簡単に離婚するかもしれません。

夫婦なんて、すれ違いの苦痛を忍耐した後で、気がつかなかった相手の良さが理解できるという事の繰り返しです。「理解するというのはとても骨の折れる仕事だ」と実感します。その苦労を経験していると、仲の良い老夫婦が、「生まれ変わってもあなたと結婚したい」と言っている気持ちも分かります。

それに「自由」にも必ず「責任」が伴うべきです。自由選択にも責任が伴うべきです。「自由」を勧めるなら「責任」も教えるべきだと思います。
でないと、「身勝手、わがまま」になりやすいと思います。「責任」を言わずに「自由」を強調しないでほしいです。


言葉の使い方は難しいですね。
この補足で少しは本質に近づいたでしょうか。
Posted by こまもりパパ at 2008年03月05日 18:40

こまもりパパです

女性の社会進出のさらに補足です

誤解によって支持した「会社組織への進出の運動」が、支持者が増えて活発になるにつれ、「世の中の多くの女性は会社で仕事をしたがっているらしい」という新たな誤解を生じているんじゃないでしょうか。
多くの女性たちが本当に願っていることは、主婦業や子育てを重要な社会活動だと正当に評価してもらいたいだけなのに、そのことは解決せず、「会社に入り、生み出した経済効果で価値判断される」ような、多くの女性が願っていない方向にこの運動が進んでいる気がしてなりません。
少なくとも私の周囲ではそんな感じです。
Posted by こまもりパパ at 2008年03月05日 19:52

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