2007年11月08日

人類共通の夢

すっかりご無沙汰になってしまいました
何かと忙しかった上に、妻の母親が他界されたりで、ようやく落ち着きました。

お葬式でお坊さんからお話がありました。
「人生の目的について」の内容でした。
どんなお話が聞けるのかと期待していたら、「人生は、自分で選択して、如何に楽しむかが大切」だそうです。

このお坊さん、ちょっと平和ボケしてるんと違うかなって感じました。

世界中には楽しむことも出来ない人たちが大勢いて、たとえば、毎日満腹になるほど食べられる人は世界の3分の1しかいないし、子供に飲ませる薬を買えなかったり、地雷のある地域に住んでいたり、死や危険と隣り合わせの人が多いというのに‥‥。

他人のことはどうでも良い、自分中心の「人生の目的」なんてちょっと違うんじゃないかって思いました。少なくとも、お坊さんが言うことじゃないように思います。

人生の目的って考えるとなんだか哲学的で難しいけど、理想とか夢とかは世界共通じゃないかと思ったりします。

その夢というのは、
世界中から犯罪が無くなり、全ての人たちが思いやる気持ちと奉仕の精神を持ち、家庭も円満で、医学が進歩して重病が無くなり、科学も発達して事故も無く交通も通信も便利になり、世界中の人たちが兄弟姉妹のように仲良く遊び助けあい、そういう社会の中で、自分自身も、多くの人から思いやりを受けると同時に、多くの人の幸せを思いながら生活する。
そのような社会の中で、自分の才能を発揮しようとすれば、自ずと社会のためになるか、まわりを喜ばせる方向に進むはずです。そうして様々な個性がお互いに調和して、さらに楽しい社会になっていくことでしょう。

そんな実現不可能とも思われる理想は、世界中の万民が持っている共通の夢じゃないだろうかと考えます。

今は理想とはかけ離れた世の中ですけど、もし人類共通の夢だったら、いつかは実現するはずです。
posted by こまもりパパ at 13:01 | Comment(22) | TrackBack(0) | 関係ない話
この記事へのコメント
これは「海外農業論」言う講義で教授が話してくれたことです。

サルサハラアフリカにその先生が調査に行ったときの話です。

農村に住む一人の男の子に、「お前はもっと金を持っているだろうよこせ」と先生が言われました。そこで先生は「俺は昨日から何も食べていない,お前が持っている金をくれ」と冗談で言いってそしたら本当ににくれたらしいんですよ。(もってた金は日本円で10円ぐらいだそうです)もちろん返したそうですが。

サルサハラアフリカではどのような人間でもみな平等に生きるべきだという考えが強いようです。

しかしこう言った文化を持っていることが原因でサルサハラアフリカでは「緑の革命」が今だ起きていません。

みな平等に生きるべきだという考えがあるがゆえに農地の売買を禁止し、一つの村の所有物とする。これにより農地へ投資する意欲も起きず、緑の革命は結果起きない。つまり経済性成長が期待できないということです。

ご存知の通り世界中には飢えに苦しむ人々が大勢いるわけですが、例え飢えに苦しんだとしてもみな平等に生きる方が良いと考える人々もいると言うことです。

ですが私はどちらかと言うと反対です。緑の革命を起こすべきだと考えています。
Posted by 12434 at 2008年07月31日 16:07

補足しますと、サルサハラアフリカで緑の革命(高収量品種が使えるようになる)が起きると農家は勝ち組みと負け組みに分かれます。つまり負け組みを経営者側(先進国の)が労働力として吸収するわけです。

これにより経済が成長するわけです。ただあっちが正しくてこっちが悪いとか言う問題ではありません。どちらかと言うと緑の革命を起こすべきだと思いますが正直複雑です。
Posted by 12434 at 2008年07月31日 16:25

12434さん、こんにちは

私も「私有」を認めず「村の所有物」とすると発展しないし失敗すると思っています。
実際にマルクス主義も私有財産を否定した結果、「努力しない社会」を作って経済で失敗して、皆が不幸な国を作ったようだし。

一見矛盾するようですが「私有地にすることで緑の革命を起こしながら、公的な土地でもある」という状態が家庭の中には存在しています。だから、そういう社会も理論的には可能だと思います。

何でもいいんですけど、例えば、自動車を考えてみます。「家族の自動車」だと、責任者不在で、愛着も弱く、洗車や点検が不十分になり、すぐにボロボロになるでしょう。

でも「兄貴の愛車」であれば、点検や洗車は兄が責任と愛着を持ってきちんとやるでしょうし、弟が借りるときも丁寧に扱うから、長持ちすると思います。
誰かが傷つけようものなら、絶対に容赦しない、それほどの愛着を持って大切にする自動車。この自動車は明らかに兄貴の私有財産です。

ではこの自動車は家族のものでは無いのか?というと、そうではありません。

弟が病気になって治療費が捻出できなくなったとします。そんなとき、兄貴が弟を愛していれば「お前のためなら自動車なんて惜しくない」と言って愛車を売ると思います。
そのとき、自動車は弟の物であり、家族の物になっています。
平常時は私有財産、でも非常事態になれば公的な財産となっていると考えられます。

たぶん、常日頃から、「弟の生命は、この愛車とは比較にならない」という価値観が根底にあるのでしょう。弟の生命に危機が無いときは出てこない感情ですが、危機が迫ると突然出てくる感情です。

また、兄弟で貧富の差があっても良いと思います。でも「今は俺が儲かっているから、晩飯代は俺が出すよ」とか、何か理由を付けてでもその差を埋めようとするのが兄弟というものじゃないかと思います。自分の弟が貧しくて寂しい思いをしているということを知ったら、何とかしてあげたいと思うでしょう。だから、極端な貧富の差や生活水準の差は無くなるし、餓死するなんてあり得ない訳です。

社会がそうなるためには、兄弟姉妹に似た感情を世界人類が持てたら一気に解決です。昔「世界は一家、人類は兄弟」といった人がいますけど、もしそうなったら、どんなに激しく競争して貧富の差があっても、誰も不幸にならない社会になると思います。

現実は、「人類は兄弟」というのが難しいんですけどね。

サルサハラアフリカの問題解決にはなっていませんね。理想と現実のギャップが大きくて大変。
Posted by こまもりパパ at 2008年07月31日 19:51

コメントありがとうございます。

しかしそのお坊さんがおかしいとは思いませんね。ご存じの通りその「人類共通の夢」は今だかつて叶った試しはないですし。

ところで、猟奇殺人だの快楽殺人だのは大昔からあったようですが、これは人間がもともと持っている性質だと思います。それが全くなくなるってのは人間が人間でなくなるってことかも知れないです。

あるマンガにこんなこと書いてますよ。

「この世に正気と狂気など存在しない。あるのは一千の狂気の貌だ」ってね。
Posted by 12434 at 2008年08月06日 19:07

ながいことコメントできなくてすいません
バテバテです。

「人類共通の夢」は叶わぬ夢か、それともいつかは叶うのか。性善説か性悪説か。
難しい問題です。誰もが疑問に思いながらも、誰も明確な答えを出せない。でも、人生を180度変えてしまうような問題です。

神が居るか居ないか。これだって、居ると信じている人もいれば、居ないと信じている人も居ますが、証明されていないものを信じているという点では、どちらも信仰に通じるものがありそうです。

死後の世界も有るという人と無いという人がいます。
重要なことなので、誰か明確に証明してくれると良いのですが。
Posted by こまもりパパ at 2008年08月14日 02:37

ほかにも気になる点があるので、
【会社と家庭を比較してみる】から引用します。

>でも、「共存の社会」よりも「生存競争の社会」という意識が強い会社は、家庭とは乖離した経営になりますが、それは正しい経営では無いだろうと思っています。

しかし協同組合が存在します。そのことを考えるとやはり家庭と会社は相反するものではないでしょうか。

もちろん会社の多くは社会貢献に力を入れているでしょう。「共存の社会」という意識もあると言えます。そして消費者のニーズに合わせ経営をしています。

これに対し、協同組合とは消費者ためと言うよりも組合員の生活を守るため協同で利益(経済的なのものだけではなく文化的な意味なども含めた)を得るとするもので、利潤を追求する株式会社とは違い非営利団体です。

この協同組合は「資本主義社会における経済的弱者の自助組織」として合理的であることは間違いないです。しかしそれは今の世の中が「生存競争の社会」であることを証明しています。
Posted by 12434 at 2008年08月23日 12:06

自分のパソコンはないので携帯で書いときます。一応補足します。平等な社会を目指す協同組合は家庭のあり方に近いのであるが、株式会社はどちらかというとそれとは違い、基本的にゲマインシャフト(村や家など)とゲゼルシャフト(勤め先)は相反するものではないかと言うことです。(そうなると協同組合は矛盾的統合体と言える)株式会社は株式会社なりに共存の社会を目指していると思いますが、そのシステムはあくまでも営利的なものであり、会社にとって社会は競争する社会であると言う意識が強くなるのは仕方ない。しかもそれは今の世の中にとってある意味必要不可欠なのです。とまあ長々と書きましたが見づらくてすいません。できればあとでもう一度詳しく書かせて頂きたいです。
Posted by 12434 at 2008年08月23日 14:18

いろんな記事をみてくださって、ありがとうございます

たしかに協同組合ってかなり理想に近いと思います。
株式会社も「応援したいから無利子で貸すよ」って投資家ばかりなら良かったのですが、他人の成功に便乗して儲けようという投資家が多いようで、多くが「そのような欲深い株主のための経営」になっていますから、利益中心にならざるを得ないのでしょう。共存なんて言っていたら金儲け主義の株主に怒られてしまいます。
いくら「消費者のため」と言ったところで、株主(株価)の力は絶大ですから。

そういう利益中心、株主中心の会社が多くなったから協同組合が出てきたのでしょうか。協同組合の中には署名運動の紙とか講演会のチラシが来たりしてチョット思想絡みの所もありますけど、一般的には組合員(=消費者)のためですね。協同組合が巨大になって世界レベルになったら良いように思います。

また、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトって言い方をすれば、私が思っている理想は、「世界全体が巨大なゲマインシャフトになることである」とも言えそうです。

そのためには、強力な仲間意識が必要ですけど、それを妨げている大きな要因は、国境線と思想と言語でしょうか。人類の起源(エチオピア?)は1組の男女という説が有力で、言語も国境も思想も分かれなかった可能性もあったと思います。聖書ではバベルの塔で言語と民族を分けたと書かれていますが、実際に歴史上のどこかで分かれてしまったのだと思います。だから一つになることは可能だとも思います。

再びまとめるのは困難ですけど、もしも、国連に強い力があればかなり改善可能な気がします。国境線あたりの交流促進のために放送局や道路、市場、観光地などを作らせたりして。
でも、今の国連は、拒否権の連発で大事なときに何も出来なかった組織ですから、国連に代わるものが現れないと無理でしょうけどね。
Posted by こまもりパパ at 2008年08月26日 02:33

>そういう利益中心、株主中心の会社が多くなったから協同組合が出てきたのでしょうか。協同組合の中には署名運動の紙とか講演会のチラシが来たりしてチョット思想絡みの所もありますけど、一般的には組合員(=消費者)のためですね。協同組合が巨大になって世界レベルになったら良いように思います。

協同組合が初めて出来たのは1844年のイギリスのロッチデールで、それは当時生活の困窮を極めた労働者たちが必死になって自分たちの生活を守ろうとして作った消費組合でした。

組合員=消費者と言うのは正確ではないです。それが正しいと言うなら会社の場合は株主=消費者になってしまいますから。

ところで、協同組合と言えばやはり農協ですよね。農協では主役はあくまで農業者であり、それ以外のものは准組合員になり正組合員にはなれません。(准組合員には組合の事業は利用できても総会で議決したり、役員を選挙する権利は持っていません)

何でそうなのかと言うと農家の人たちも経済的弱者であり、農協はあくまで農業者たちを守るための団体ですから。

署名運動の紙とか講演会のチラシですか。別にけっこうだと思います。農協や漁協が昨今の原油高で苦しむ生産者たちを守ろうとするのは当然ですし。

と言うか、化学肥料(原料は石油)が5、6割も高くなってコメ農家の俺の家も大変ですよ。(笑)

協同組合は世界中に存在します。十分世界レベルですよ。国際協同組合同盟ができて100年以上経ちますから。

>また、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトって言い方をすれば、私が思っている理想は、「世界全体が巨大なゲマインシャフトになることである」とも言えそうです。

世界全体が巨大なゲマインシャフトになっている状態というのはこの記事に書いてる世界の状態のことですな。(こまもりパパさんの考えとして)

私は経済と言う視点から考えていこうかと思います。
Posted by 12434 at 2008年08月26日 17:51

さすが、詳しいですね。
協同組合は、運営に影響力を持つ組合員が消費者でもある点で矛盾が無いのですが、株式会社は、経営に影響力を持つのは株主であって、消費者ではないという点で問題ありと思います。

それに、出資者は味方とは限らないという点でも、株式会社は完成形ではないと思います。
日本の多くの投資家は、競馬競輪より少し高級なギャンブルか、資産運用が目的です。買収ってのもありますね。
会社は、応援者ではない人のお金を使って経営をするわけですから、株主のご機嫌取りをしながらの経営になります。かなり無理がある構造です。
今の株式会社はもっと進化する余地がありそうです。

ベンチャーキャピタルの多くは「出世払いでいい」と言って投資してくれるというし、会社経営もそういう投資家が多いのが理想だと思います。

> 署名運動の紙とか講演会のチラシですか。別にけっこうだと思います。農協や漁協が昨今の原油高で苦しむ生産者たちを守ろうとするのは当然ですし。

そういう署名なら分かるけど、私が以前に生協を利用していたときに、核兵器廃絶の署名とか戦争反対の講演会案内などが来て、ちょっと違和感がありました。大きな問題じゃないけどね。

> と言うか、化学肥料(原料は石油)が5、6割も高くなってコメ農家の俺の家も大変ですよ。(笑)

それ深刻ですね。
Posted by こまもりパパ at 2008年08月28日 14:38

あまりご存じないと思いますが、私が生まれ育った北海道では、昔から個人主義が強いのではないかと思います。実際北海道の離婚率は高いですし。これはおそらく、歴史の浅い国や地域はだいたいそうなんでしょう。アメリカもそうですしね。

以前こまもりパパさんが、
>ありがたいと言えば、うちの奥様も同様、育った家庭環境も性格もかなり違うので、お互い理解に苦しむことが多いけど、少しずつ理解できるようになるに従って、自分が良い方向に変わっていくのを感じます。
 例えば、私は苦労している親の姿ばかり見て育ったせいか親に遠慮してばかりで甘えることが出来ませんでした。
 でも嫁さんが私の両親に甘える姿を見ながら、これが親子なんだと気づいて、私も親に甘えることが出来るようになって、私と両親との仲がずいぶん深まりました。

とおしゃってましたが、私の家庭とではある意味真逆といっていいです。

私の母は私の祖父、祖母に甘えたことなど一切ないです。祖父はもう他界しましたが、母いわく「じいちゃんとは自分の親よりも喧嘩した。殴れるもんなら殴ってみろ!って思ってた」だそうです。

そう母が語っても、子供の頃から見慣れてたので正直全然違和感がないです。考えてみればそれがごく普通の日常でしたから(笑)。しかも、自然人農家は家族経営ですから祖父と父で社長が二人いる状態なんで、農作業のこと二人していちいち喧嘩しているようにもめてましたからね。

まあ母さんは今の私と同じぐらいの歳で嫁ぎましたから、しかしこれが道内なら確実に実家に戻される事になったでしょうな。また母は、「父さんが暴力を振るっていたら、子供がいてもとっくに離婚していた」とも述べています。

上のサルサハラアフリカの話ですが、むこうじゃ平等に生きようとしない者は、呪いのワラ人形にかけられるらしいですよ。われわれにとっては想像を絶する世界ですが向こうにとってはそれが当たり前。

私の家庭もこまもりパパさんとっては相当常軌を逸していると思いますが、私にとってはごく普通でしたな。ま、そういう家庭も案外おもしろいもんですよ(笑)。
Posted by 12434 at 2009年01月26日 20:08

おっと、道内じゃなくて道外でしたな。
Posted by 12434 at 2009年01月26日 21:20

離婚率の離婚率が高いのは知りませんでした。広い大地で育つのと、東京の雑踏の中で育つのでは、かなり性格も人生観も違ってくるのだろうなと思います。

妻が言っていましたが、東京近郊の中高生とくらべて、東北や北陸の中高生は素直な性格が多いと感じるそうです。理由はわかりませんけど。

それから「相当常軌を逸している」とは思いませんよ。うちの両親なんて、喧嘩ばかりしていたので、私は家に居場所がなくて外に出ることもたびたびありました。

子供にとって、両親が喧嘩している姿をみるととても悲しくなりますし、将来も不安になります。だから、我が家では、子供の前では喧嘩しない約束になっています。

ということで、わが夫婦は派手な喧嘩はしませんが、「忍耐」が多いですね。これ以上話を続けると「売り言葉に買い言葉」のような心にもないことまで言ってしまいそうになるときには、用事があるふりして外に出ることが多いです。

本屋とかホームセンターとか好きです。知り合いのお母さんは、一人で映画を見に行って気分転換するそうです。それも良いなと思ってます。

性格が違うということは恩恵も多いけど、苦労も多いです。
Posted by こまもりパパ at 2009年01月29日 12:35

こまもりパパさんはご存知ないと思いますが、世の中には人を殺傷したり遺体をバラバラにしたり、あるいは人肉を食すことで快楽を得ている人間が存在しています。昨年台湾では少女をレイプして殺した挙げ句にその肉を豚肉と称して客に食べさせたなどと言うおぞましい事件も起きています。そしてこそういった事件は後の世の文化として社会に残ることも珍しくありません。サイコ、羊たちの沈黙といったホラー映画は、実在した殺人者エド・ゲインがモデルになっています。彼が人の死体を食すだけではなく、被害者の遺体を加工して家具などを作ったことは有名です。恐らく彼を崇拝している者もいるでしょう。数年前話題になった毒殺少女も、毒殺魔グレヤム・ヤングを尊敬していたと聞きます。快楽殺人犯というおぞましい人種の中にカリスマ性を持つ者も確かにいるわけです。こういった背景を見ると、人類皆少なからず残酷な面をもっているのではないかと。もちろん凶悪な殺人事件はなくなって欲しいに決まってますが、なくす方法がさっぱり分かりません。「世界は一家、人類は兄弟」という意識をもったとしても解決できるとはとても思えません。そうするといままで通り、社会が起きた後に対処するシステムを練り上げて置くほかありません。こまもりパパさんならどうしたら快楽殺人を無くせると思いますか?
Posted by 12434 at 2009年05月24日 19:16

私は聖書の天地創造の話を大筋で信じている人でその点からしか回答が出来ませんが、書きます。

 人類始祖アダムとエバは神の言いつけを裏切り、息子のカインは弟のアベルを野原に呼び出して殺害するという話があります。
その話が正しければ、人類最初の兄弟で殺し合いがあったし、息子たちをそのように育てたアダムとエバは父母としての教育を失敗していたことになります。

 神はすべての万物の名前を人間に付けさせるなど、人間には神に匹敵するくらいの権利を与えようとされたことが分かるし、また神はカインには殺人行為をやめるように諭しましたが、手は出さなかったことをみると、手を出せない理由があるのだと思っています。

 自分に置き換えて「親」という立場で考えれば、我が子には本人の自由意志で自己判断で責任を持てる人格になって欲しいです。でもそうすると失敗する可能性があります。我が子が罪を犯した場合、その罪を全て肩代わりしたくても、本人が反省し、ある程度の償いをしない限り、我が子自身は幸せにはなれないし、立派な親になれないことを知っています。神が手を出さなかったのは、そういうのに近いのかなと思っています。

信じた我が子が道を誤って殺人とかの犯罪を犯して刑務所に入っても、我が子が立ち直るのを信じて待ち続ける親って大勢いますね。たぶん、その多くの親は、我が子を責めるのではなく、自分自身を責めるのでしょう。
もし親に権力があって、法律を曲げて無罪できたとしても、償いをしていない我が子は幸せにはなれないでしょう。

 そう考えると、子ども自身が努力して解決しないといけないのですが、親は見ているだけじゃないですね。子どもと一緒に苦しみながら、失敗を償えるように願うし、我が子に諭し、直接手を出せなくても環境を整えようとしながら、いつまでも信じて諦めることなく待ち続けることでしょう。

 だから、天地創造した神がいたら人間の努力次第で解決すると思うし、神がいなければ解決不可能な問題かなと思います。

「世界は一家、人類は兄弟」という話は、親が共通でなければ実現しない言葉です。笹川良一氏がそいう価値観を持った人なのかは知りませんが。
神的な存在と親子の関係があって初めて人類は兄弟になるわけですから。

兄弟は元々は他人と同じで、自分の取り分が減ってしまう邪魔な存在です。でも、自分を愛してくれる大切な親が、兄弟を同じように愛していることを知ったとき、親の故に兄弟を愛そうとするところで兄弟愛が始まると思います。(自分の経験で)

 私は、戦争も宗教対立も、民族紛争も、結局の所「兄弟げんか」であって、「親の心子知らず」なんだと見ています。

イエスキリストの「自分を愛するように隣人を愛せよ」という言葉が、「自分が神から愛されているように、隣人も神から愛されている」ということを前提にしていると思ってます。それが兄弟だし、そうでなければ全ての隣人を愛することなんて出来ません。

もう一つの戒めである「主なるあなたの神を愛せよ」とあわせて実践するような国家でもでてきたら、解決しそうな気がします。

まとめれば、快楽殺人や凶悪犯罪は人間の力だけでは解決不可能だけど、もし神がいたら、(過半数とか何か一定数の)人間が責任を全うしさえすれば、あとは親なる神が解決すると思ってます。(そう信じたい)

でも現実は、神を信じる人たち(宗教)は他の宗教を排斥しようとするから、そんな状態ではダメですね。

私の価値観を押しつけるつもりではありませんし、宗教的な話で漠然としていて申し訳ありません。
Posted by こまもりパパ at 2009年05月25日 13:31

補足

人類すべてが兄弟のように仲良くなれて、凶悪犯罪が無い世界を願うのは、神が人間をそのように創造されたし、そのような世界を作ろうとされたからだと思っています。

だから、単なる私の夢じゃなくて、天地創造した神様の夢でもあると思っています。
Posted by こまもりパパ at 2009年05月25日 14:57

コメントありがとうございます。宗教そのものは素晴らしい文化なんですが、キリスト教をはじめとする宗教は他の宗教や文化に対して不寛容側面も確かにないとはいえません。極端なケースを挙げると先に述べたエド・ゲインの母オーガスタの歪んだ宗教観があります。彼女は二人の息子に対してことあるごとに殴りつけ、自分たちの男性器に唾を吐き掛けることを強要し、友達を作ることを一切禁じたとのことです。またエドはそんな母を崇拝していたと聞きます。もちろん希有な事例ですが、それがエド・ゲインが快楽殺人犯となってしまった原因の一つであることは間違いないと思われます。
Posted by 12434 at 2009年05月25日 16:18

ウィキペディアでエド・ゲインを調べてみました。不幸な生い立ちなんですね。母親が悪すぎましたね。

ちなみに、男の子が立派な父親になる典型的なパターンは、
@幼い頃はまず母親を大好きになって
A少年期には、母親が一番尊敬し愛しているのは父親であることを知って
B父親に関心を持つようになり
C自分も父親のようになって母親のようなお嫁さんを迎えたい
と思うことだそうです。


話はそれますが、私は聖書やキリスト教にも限界を感じています。それは、家庭や夫婦についての記述が殆ど無く、イエスキリスト自身の言葉にも個人としての指針はありますが、夫としてとか父親としての具体的な指針は見つかりません。妻として、母親としての指針もありません。

キリスト教が愛を語りながらも、人種差別や排他的になりやすいのは、個人としてのあり方しか示せず、明確な家庭像が無いことが大きな原因だろうと思います。
Posted by こまもりパパ at 2009年05月26日 00:29

ところで、「変態のデパート」言われたシリアルキラー、アルバート・フィッシュをご存知でしょうか?彼は忠実なる神の僕を自称していたらしいです。キリスト教や聖書が悪いわけではないにせよ、異常な人間に宗教はかえって悪影響をもたらすのかも知れません。
Posted by 12434 at 2009年09月06日 21:10

今調べてみました。異常ですね。
ただ、戦争中なら生きたまま内蔵をえぐり出すような残酷なことをすることがありました。日本兵も韓国慰安婦の脱走防止のために見せしめとしてやっていたそうですからね。人間の弱さというか怖さというか、間違った正義感を持つと大変なことをしてしまうようです。

日本兵の場合は宗教ではないけど、お国のためという大義が信仰に近いものかも知れません。

キリスト教の中には、常識で考えられないような常習的な猟奇的殺人などは、聖書で出てくる悪魔サタンが人間をコントロールしていると考えている教団も多くあるようです。
Posted by こまもりパパ at 2009年09月06日 22:06

話の趣旨が変わりますが、最近性犯罪の陪審員の裁判が話題になりましたね。ふと思ったのですが、自分がゲインやフィッシュのような殺人犯を裁くことになったらどうしますか?私だったら死刑台より精神病院の方が良いというかも知れません。
Posted by 12434 at 2009年09月07日 23:12

この記事にある目標を達成するためには、歴史や哲学を研究していく必要があると思います。あなたは、共産主義を否定しながら個人主義を下らないと述べていますが、私には到底理解できません。なぜなら、個人主義がなかったら資本主義経済は構築されなかったと考えているからです。イギリスの政治哲学者ジョン・グレイは、個人の自由を重んじるからこそ私有財産は認められ、競争する市場があるからこそ、個人の自由な選択権が保証できると説きました。市場原理を上手く活用しない国々が、経済的に発展しないのは先に述べた通りです。サブサハラアフリカでは、農地を個人の物ではなく村のものだという概念が根強いです。これとは逆に、イギリスなどでは昔から個人主義が強く、資本主義がもっとも早く発展しました。イギリスの歴史人類学者アラン・マクレーンによると、イングランドでは13世紀の農地構造等を調べた上で、当時からすでに資本主義的構造が存在したとのことです。そして、現在資本主義・個人主義を一番重んじているのはアメリカです。これはイギリスから独立したことが原因で、自分の財産は自分で守るという大人の価値観があるとも言えるでしょう。これに対して、わが国は遅れて資本主義化しましたが、これの浸透より個人主義ができてきたと考えられるでしょう。以上述べたように、個人主義そのものは、現在社会に必要不可欠と考えられるともいえます。
Posted by 12434 at 2011年08月05日 13:06

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