2007年10月23日

沈清伝(シムチョンジョン)

ちょっと重苦しい話題が続きましたので気分転換に韓国の昔話「沈清伝(シムチョンジョン)」を紹介します

親思いの沈清(シム・チョン)という女性のお話です。

沈清の母は沈清を生む時に亡くなりました。父親の沈鶴圭(シム・ハッキュ)は目が見えません。沈清はそんな父親の面倒を見ながら物乞いをしながら生活していました。

 ある日、沈清の帰りが遅いのを心配して外へ出た父親は、川に落ちてしまいます。偶然そこを通りかかった僧侶に助けられ、その僧侶から「お寺に供養米300石を寄付すれば目が見えるようになる」と言われます。それを聞いた近所のおばさんがそのことを沈清に話します。

沈清は、今日食べるお米も無いくらいですから、全くあてがありませんでした。
そうしているうち、商人たちが来て、「船が王様の所に行くのに座礁しないように犠牲になってくれる娘はいないか。いたら何でも差し上げる」と供え物になる娘を捜していました。
沈清は「供養米300石をもらえるなら私が供え物になります」と約束しました。父親には内緒です。

父親との最後の夜、何も知らないで眠る父親のそばで、朝まで眠らずに真心を込めて父のお世話をします。
 朝、お別れの時、父には理由を言いませんでした。「長生きしてください、私を許してください」と最後の挨拶をした沈清は、父が止めるのを振り切って商人と一緒に船に乗りこみました。

船に乗ると嵐が来ました。そして、そこで沈清は約束通り父の目が見える事を願って海に沈みました。

その姿に龍王は感動し沈清を助け、沈清は龍宮でお姫様のような日々を過ごすことになります。でも、父の事が心配でならない沈清は龍王に地上に戻りたいと告げると、龍王は沈清を大きい蓮の花に包み、海の上に返してくれました。
その大きな蓮を商人たちが見つけ、珍しいため王様に捧げます。大きな蓮からは沈清が出てきて、王様は商人たちから沈清の話しを聞きます。感動した王様は沈清と結婚し、沈清は王妃になりました。

王様は、沈清の父親を捜すために全国の盲人を招いて宴会を開きます。
そのころ、父親の沈鶴圭は、沈清が身を投げても目が治らなかったことで苦しんでいました。

王様の宴会の知らせが入り、都まで何とかたどり着き、父娘は感動的に再会します。そして、そのときに奇跡的に父親の目が見えるようになったというお話です。


親が我が子のために命を捧げることはあっても、子供が親のために命を捧げるというのは簡単ではありません。韓国の子供たちは、このような昔話を聞きながら、親孝行を美徳として感じるようになっていくのでしょう。

日本の昔話は、正直爺さんと意地悪爺さんがいて、正直爺さんがお金持ちになるという話しがすごく多いですが、韓国の昔話は、お金ではない幸せを得られる昔話が沢山あります。民族の違いというか価値観の違いなのでしょうね。
posted by こまもりパパ at 13:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | いい話
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