ネット安全モラル学会、子どもの携帯禁止条例に陳情
http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/news_toppage/45879.html
というニュースを見ました
「石川県の条例は、子どもがインターネットの世界を理解し、その進歩に適応していくリテラシーの向上機会を奪うもの」
「子どもの携帯電話購入および所持については、個々の家庭の自立的自治の世界に委ねられるべき」
という主張です。
作りたての学会のようですが、ちょっと(かなり)心配です。
ネット安全モラル学会のホームページを見ると、
ネット安全モラル学会は、21世紀に生きる子どもたちがインターネットと携帯電話の恩恵を受けるとともに、その犯罪性について深く理解し、ネット犯罪の加害者にも被害者にもならない自制心と行動力を育てることをねらいとして、世界中の研究者、実践家、実務家、民間企業、行政、保護者などの幅広い知恵と行動力を結集して、各種の学術研究と実践的なプロジェクトに取り組むために設立されました。
とあります。
これが大人が対象というのなら、もっともで良い活動だと思います。しかし、小中学生に対して、「自制心と行動力を育てる」としたら、それは非常に酷な話です。
この団体が石川県の条例に反対していることから、心配な点は次のとおりです。
【現在のケータイが小中学生にとって危険な道具であるという認識が薄い】
ダガーナイフを禁止するのは危険な道具だからです。これは大多数の人が賛成でしょう。
ではケータイはどうでしょうか。小中学生には加害者になるよりも被害者になりやすいのではないでしょうか。
親の知らないところで、悪意を持った大人や業者が近づいてくるのです。
悪意を持った大人が子供の振りをして小中学生を騙すのは簡単なことです。そういう人たちは、何ヶ月もかけて優しい言葉を投げかけ続けます。同時に複数の少女をプールしています。安心させたところで「一度会わない?」っておびき出すのです。
ケータイで子供にコンタクトを取り、犯行時は危険を冒して保護者の近くまで行ったりしません。ケータイで自分の都合のいいところに来させるのです。
悲鳴だって聞こえません。犯罪に気がつくのは車に乗ってから、あるいは部屋に入ってからですから。
だから、地域で防犯活動したって太刀打ちできません。
【善悪の判断を小中学生に押し付けている】
ネットリテラシーというのは小中学生にはかなり難しい分野です。常識も身についていないし、テレビニュースだってあまり見ないし、対面でさえトラブルが多いのですから。
そんな小中学生にケータイを持たせて、犯罪と護身の教育をするというのは、こどもに過度の負担を強いることになります。大人にだって難しいのですから。
それに、小中学生にあらゆる犯罪手口を教えるのですから、それって正しい教育なのでしょうか?
この団体はこれから立ち上げようとしているので、今後どのような方向に進むのかは見守るしかありませんが、心配です。
親と子の信頼関係を結びつける活動をしてくれたらいいけど、子供の自由や権利をかざして、結局は親がわが子を保護できない環境にしてしまうのなら、存在しなかったほうが良いと言われる団体になるでしょう。
よい方向の活動をされることを願います。
2009年06月24日
2009年06月21日
石川県で子供に携帯を持たせない条例
県議会の自民党などは17日、小中学生に携帯電話を持たせない努力義務を保護者に課す「いしかわ子ども総合条例」の改正案を6月議会に提出した。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ishikawa/news/20090618-OYT8T00115.htm
というニュースを見ました。
かなり思い切った過激な条例で心配になりましたが、罰則規定がなく、親への意識改革が主目的の改正と考えれば妥当なところかなと思います。
「子供の権利」をやたらと強くする条例を出して、親のいうことを聞かない子供を大量生産する県よりもよっぽど良いと思います。
そもそも、なぜ都道府県レベルの携帯対策で苦労するかを考えれば、安全な携帯電話が少なすぎることと、フィルタリングの質が悪い点だろうと思います。
電話機能だけとか、家族間メールまでとか、メールはつかえるけどwebは使えない電話機って殆どないしあってもデザインを選べるほど出ていない。
子供向け携帯を個別の機種にしないで、すべての携帯電話にそこまで制限設定する機能を必須で実装すれば済むことなのに、携帯各社は絶対にそんなことをやろうとはしない。
機能を制限するだけなら、ハードウェアは共通で、ソフトウェアで親権者のパスワードロックを当該機能に付けるだけのことで、たいした開発費用はかからないはず。「ボタンを押しても反応しない」ようにするだけですから。
つまり、ケータイ会社は多くの保護者が願っている選択機能を、その気になれば全機種に実装できるのに、かたくなに実装せずにいるわけです。
それに、EMAで強制的にフィルタリング対象外にされるサイトに危険なものが多いのも大問題です。 未だにミクシィやモバゲでは警察から削除要請をされるまで危険な誘いが消えないことが多いといいます。
EMAが今の腐敗体質でいるかぎり、どんなにフィルタリングの制度が向上しても、決して安全にはならないでしょう。
このように、携帯電話会社が起こしている問題を誤魔化し続けているために、条例などで苦渋の選択をせざるを得なくなっているのでしょう。
私は、ケータイそのものが子供に悪だとは思いません。
もちろん、電話を持たせることで、子供の交友関係を把握しづらくなるという問題点はあります。でも通話機能だけではここまで子供の犯罪は増えなかったでしょう。
問題なのは、携帯電話を提供している会社が、子供の安全を重視していないところにあると思います。企業のモラルが変わらないといけない。携帯電話会社はもっと社会貢献すべきだと思います。
しかし、熾烈な競争のただ中にいる会社に求めても実行しないでしょうから、条例ではなく法律で子供を守るようにして、企業間で公平になるように規制すべきだと思っています。
フィルタリングは国が主導で行うべきだという自民党案に対して、民主党が中心に出してきたEMA(モバイルコンテンツ審査・運用監視機構)によって、企業の大きな抜け道を造ってしまいました。
フィルタリングが国の主導で行われていたら、石川県条例での苦労も減ったでしょうね。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ishikawa/news/20090618-OYT8T00115.htm
というニュースを見ました。
かなり思い切った過激な条例で心配になりましたが、罰則規定がなく、親への意識改革が主目的の改正と考えれば妥当なところかなと思います。
「子供の権利」をやたらと強くする条例を出して、親のいうことを聞かない子供を大量生産する県よりもよっぽど良いと思います。
そもそも、なぜ都道府県レベルの携帯対策で苦労するかを考えれば、安全な携帯電話が少なすぎることと、フィルタリングの質が悪い点だろうと思います。
電話機能だけとか、家族間メールまでとか、メールはつかえるけどwebは使えない電話機って殆どないしあってもデザインを選べるほど出ていない。
子供向け携帯を個別の機種にしないで、すべての携帯電話にそこまで制限設定する機能を必須で実装すれば済むことなのに、携帯各社は絶対にそんなことをやろうとはしない。
機能を制限するだけなら、ハードウェアは共通で、ソフトウェアで親権者のパスワードロックを当該機能に付けるだけのことで、たいした開発費用はかからないはず。「ボタンを押しても反応しない」ようにするだけですから。
つまり、ケータイ会社は多くの保護者が願っている選択機能を、その気になれば全機種に実装できるのに、かたくなに実装せずにいるわけです。
それに、EMAで強制的にフィルタリング対象外にされるサイトに危険なものが多いのも大問題です。 未だにミクシィやモバゲでは警察から削除要請をされるまで危険な誘いが消えないことが多いといいます。
EMAが今の腐敗体質でいるかぎり、どんなにフィルタリングの制度が向上しても、決して安全にはならないでしょう。
このように、携帯電話会社が起こしている問題を誤魔化し続けているために、条例などで苦渋の選択をせざるを得なくなっているのでしょう。
私は、ケータイそのものが子供に悪だとは思いません。
もちろん、電話を持たせることで、子供の交友関係を把握しづらくなるという問題点はあります。でも通話機能だけではここまで子供の犯罪は増えなかったでしょう。
問題なのは、携帯電話を提供している会社が、子供の安全を重視していないところにあると思います。企業のモラルが変わらないといけない。携帯電話会社はもっと社会貢献すべきだと思います。
しかし、熾烈な競争のただ中にいる会社に求めても実行しないでしょうから、条例ではなく法律で子供を守るようにして、企業間で公平になるように規制すべきだと思っています。
フィルタリングは国が主導で行うべきだという自民党案に対して、民主党が中心に出してきたEMA(モバイルコンテンツ審査・運用監視機構)によって、企業の大きな抜け道を造ってしまいました。
フィルタリングが国の主導で行われていたら、石川県条例での苦労も減ったでしょうね。
2009年05月13日
家族愛の無い性教育
慶応大学の教授が性教育の運動をされていて、それを小学生まで持ち込もうとされています。
そこで小宮氏という小学校の保健の先生の活動を紹介しています。
しかし、問題が多い教育だと判断したためコメントします。
慶応大学といっても、大麻汚染が激しいというし、医学部をあげてセクハラを隠していたりいろいろありますね。
問題の主張はこれです
小学校における性教育(小学校の保健の教諭だそうです)
http://oka.web.infoseek.co.jp/kdomre1.htm
性教育には大きく2通りの流れがあります
1.避妊法を中心にした性教育
2.貞操を守ることを勧める性教育
2の方は米国では支持者が多いですが、日本ではまだ少数です。
この教授はコンドームを勧めているので1の方です。
この人の問題点をいくつか挙げてみます
【問題点1】 家族愛の軽視
避妊を中心にした性教育推進者に共通しているのが、家族の絆とか夫婦の絆の軽視です。
この教授も、夫婦の絆や家族の絆について言及がありませんし重視していないようです。
夫婦が信頼と愛情で結ばれてこそ、子どもは親から愛情を感じるし、その安心感が土台でのびのびと生活できるのだと思います。
「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組で、そのことを茂木健一郎氏が子どもにとっての「安全基地」と表現されています。
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/090331/index.html
夫婦の絆や信頼関係を重視すればするほど、不倫はあり得ないし、婚前交渉もなるべく避けた方がよいという考えになっていきます。
【問題点2】 この人自身も、命の大切さが分かっていない
命の大切さは、なにか科学的なことで示せるわけではなく、生まれたときの両親の動機だけでもありません。
自分の命が大切だと思うのは、自分だけのものではないと知ったときからです。
もし自分が死んだら、生涯悲しみ続ける人がいる。(たとえば両親)
自分が不幸になったら、一緒に不幸になってしまう人がいる。自分の命は、自分
だけのものではなく、両親の人生にまで甚大な影響を与えてしまう。
私はそれほどまでに愛されている。だから私の命は大切にしよう。
だから、この教授が言っている
「体を知らずして自分を大事にすることは出来ない」
というのは間違いだと分かります。
「親(または育ての親)の愛情を知らずしては自分を大事にすることは出来ない」
が正解だと思います。
【問題点3】 「性=いやらしい」という感情を無くす だって?
この主張ですが、これについても本質を分かっていらっしゃらない。
いやらしいと感じるのは、何か後ろめたさがあるためです。言葉は違いますが、両者はほとんど同じ感情です。
親に隠れてとか、誰にも見られないようにラブホテルに行くとか、妊娠したら責任取れないからコンドームを付けるとか、そういった無責任な性行為だから後ろめたい思いがあるのです。
愛があればセックスしても良いという人がいますが、後ろめたさのないセックスのためには、愛情だけではダメで、責任感も必要です。
「自分は生涯その人を愛し続ける」
「子どもが生まれたら自分は立派な親になる」
というような責任感が無ければ、後ろめたさを感じ、そういうのをいやらしく思うのです。
だからといって、誰かに見せるものではないと思いますよ。それは夫婦だけのものですから。
【問題点4】 子どもに判断を押しつけるのは良くない
小学生に対して「自分で善悪を判断しなさい」というふうに押しつけるのは良くないと思っています。
体に対する知識、性に対する知識、男女の愛情に対する知識などを教えて、「自分で判断しなさい」という教育には反対します。
良いものは教えて良いけど、悪いものを教えることで、子どもは心に傷を受けます。
・親だって100%信じることは出来ないんだなぁ。
・うちの両親も離婚するかもしれないんだなぁ
・自分は愛されていないかもしれないなぁ。
・コンドームを付けたらセックスしてもいいのかなぁ。
たとえば、CAPという教育プログラムがあります。虐待から子どもたちを救うものです。
これも子どもたちに「自分で判断しなさい」という教育です。
そのために、子どもたちには、
・我が子を虐待する親もいる
・我が子の裸に興味をもつ親もいる
・必ずしも親の言うことを聞かなくてもいいんだよ
などということを教えます。
「自分の親がもしそういう人だったら助けを求めていいんだよ」と教えるのです。
虐待を受けている子どもは救済できます。でも、その他多数の子どもにとっては、親を信じて良いか疑問を持つ子が少なくないのです。
その結果、
・CAPの教育を受けた直後から、娘が父親と風呂に入らなくなった
・親の言うことを聞かず、自分勝手になった
という話を良く聞きます。
父親に対して、まるで変態のような色めがねで見たり、親子の信頼関係に溝が出来る結果になります。
大人でも判断が難しいことを、子どもに判断を押しつけるから変なことになるんです。
これって、深刻なことだと思いますよ。
慶応大学の教授の主張にも問題があります
いろんな人とセックスしろって?
◆色々な人と付き合って、見極めることの重要性 結婚、離婚についても低学年に教える→様々な家族形態
◆パートナーが変わるたびにエイズ検査して確認しあう 思いやりを実践に
◆幼稚舎、普通部、中等部、それ以外の子供たちに、セックスやコンドーム、感染症や中絶、そんなことを隠す必要はまったくありません。
◆「K-dom」には「マイノリティの使用もおすすめできます」という但し書きがついています。これはセクシャル・マイノリティが使用する性感染症予防具(男性-男性の場合)が、法律上は存在しないという事実に抗議する意味合いがこめられています。
と主張されていますから、この教授自身がそのような不特定の相手や男性同士を相手にした性生活をされているのでしょうか。
そこで小宮氏という小学校の保健の先生の活動を紹介しています。
しかし、問題が多い教育だと判断したためコメントします。
慶応大学といっても、大麻汚染が激しいというし、医学部をあげてセクハラを隠していたりいろいろありますね。
問題の主張はこれです
小学校における性教育(小学校の保健の教諭だそうです)
http://oka.web.infoseek.co.jp/kdomre1.htm
性教育には大きく2通りの流れがあります
1.避妊法を中心にした性教育
2.貞操を守ることを勧める性教育
2の方は米国では支持者が多いですが、日本ではまだ少数です。
この教授はコンドームを勧めているので1の方です。
この人の問題点をいくつか挙げてみます
【問題点1】 家族愛の軽視
避妊を中心にした性教育推進者に共通しているのが、家族の絆とか夫婦の絆の軽視です。
この教授も、夫婦の絆や家族の絆について言及がありませんし重視していないようです。
夫婦が信頼と愛情で結ばれてこそ、子どもは親から愛情を感じるし、その安心感が土台でのびのびと生活できるのだと思います。
「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組で、そのことを茂木健一郎氏が子どもにとっての「安全基地」と表現されています。
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/090331/index.html
夫婦の絆や信頼関係を重視すればするほど、不倫はあり得ないし、婚前交渉もなるべく避けた方がよいという考えになっていきます。
【問題点2】 この人自身も、命の大切さが分かっていない
命の大切さは、なにか科学的なことで示せるわけではなく、生まれたときの両親の動機だけでもありません。
自分の命が大切だと思うのは、自分だけのものではないと知ったときからです。
もし自分が死んだら、生涯悲しみ続ける人がいる。(たとえば両親)
自分が不幸になったら、一緒に不幸になってしまう人がいる。自分の命は、自分
だけのものではなく、両親の人生にまで甚大な影響を与えてしまう。
私はそれほどまでに愛されている。だから私の命は大切にしよう。
だから、この教授が言っている
「体を知らずして自分を大事にすることは出来ない」
というのは間違いだと分かります。
「親(または育ての親)の愛情を知らずしては自分を大事にすることは出来ない」
が正解だと思います。
【問題点3】 「性=いやらしい」という感情を無くす だって?
この主張ですが、これについても本質を分かっていらっしゃらない。
いやらしいと感じるのは、何か後ろめたさがあるためです。言葉は違いますが、両者はほとんど同じ感情です。
親に隠れてとか、誰にも見られないようにラブホテルに行くとか、妊娠したら責任取れないからコンドームを付けるとか、そういった無責任な性行為だから後ろめたい思いがあるのです。
愛があればセックスしても良いという人がいますが、後ろめたさのないセックスのためには、愛情だけではダメで、責任感も必要です。
「自分は生涯その人を愛し続ける」
「子どもが生まれたら自分は立派な親になる」
というような責任感が無ければ、後ろめたさを感じ、そういうのをいやらしく思うのです。
だからといって、誰かに見せるものではないと思いますよ。それは夫婦だけのものですから。
【問題点4】 子どもに判断を押しつけるのは良くない
小学生に対して「自分で善悪を判断しなさい」というふうに押しつけるのは良くないと思っています。
体に対する知識、性に対する知識、男女の愛情に対する知識などを教えて、「自分で判断しなさい」という教育には反対します。
良いものは教えて良いけど、悪いものを教えることで、子どもは心に傷を受けます。
・親だって100%信じることは出来ないんだなぁ。
・うちの両親も離婚するかもしれないんだなぁ
・自分は愛されていないかもしれないなぁ。
・コンドームを付けたらセックスしてもいいのかなぁ。
たとえば、CAPという教育プログラムがあります。虐待から子どもたちを救うものです。
これも子どもたちに「自分で判断しなさい」という教育です。
そのために、子どもたちには、
・我が子を虐待する親もいる
・我が子の裸に興味をもつ親もいる
・必ずしも親の言うことを聞かなくてもいいんだよ
などということを教えます。
「自分の親がもしそういう人だったら助けを求めていいんだよ」と教えるのです。
虐待を受けている子どもは救済できます。でも、その他多数の子どもにとっては、親を信じて良いか疑問を持つ子が少なくないのです。
その結果、
・CAPの教育を受けた直後から、娘が父親と風呂に入らなくなった
・親の言うことを聞かず、自分勝手になった
という話を良く聞きます。
父親に対して、まるで変態のような色めがねで見たり、親子の信頼関係に溝が出来る結果になります。
大人でも判断が難しいことを、子どもに判断を押しつけるから変なことになるんです。
これって、深刻なことだと思いますよ。
慶応大学の教授の主張にも問題があります
いろんな人とセックスしろって?
◆色々な人と付き合って、見極めることの重要性 結婚、離婚についても低学年に教える→様々な家族形態
◆パートナーが変わるたびにエイズ検査して確認しあう 思いやりを実践に
◆幼稚舎、普通部、中等部、それ以外の子供たちに、セックスやコンドーム、感染症や中絶、そんなことを隠す必要はまったくありません。
◆「K-dom」には「マイノリティの使用もおすすめできます」という但し書きがついています。これはセクシャル・マイノリティが使用する性感染症予防具(男性-男性の場合)が、法律上は存在しないという事実に抗議する意味合いがこめられています。
と主張されていますから、この教授自身がそのような不特定の相手や男性同士を相手にした性生活をされているのでしょうか。
2009年04月29日
犯罪の扉09:安全認定サイトでも「出会い系」
フィルタリングされない安全認定サイトである「ミクシィ」でまたまた事件。
ミクシィで女子中生と知り合い、売春させる…26歳男逮捕
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090428-OYT1T00908.htm
さらに
4月2日の読売新聞で
携帯「健全」サイト 「彼氏募集」書き込み続々
出会い系化 児童買春危ぶむ声
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090428-OYT1T00908.htm
という記事を見ました。
その一部を紹介します
未成年にも人気の携帯交流サイト「ミクシィ」や「モバゲータウン」に、警視庁が異例の削除要請に踏み切った。
削除要請を受けた6社のうち4社のサイトは、携帯サイト業界などで作る審査機関「モバイルコンテンツ審査・運用監視機構(EMA)」から「健全サイト」として認定され、フィルタリング(閲覧制限)対象から除外されている。認定サイトが児童買春の温床になりかねないと判断された形で、今後、審査のあり方も問われそうだ。
今年1月、ミクシィの書き込みをチェックしていた警視庁少年育成課の担当者は、驚いた。「出会い」というキーワードでサイト内を検索すると、約600件ものコミュニティ(サイト内のグループ)が見つかったのだ。「出会いが欲しい」「出会いという奇跡」「一期一会の出会い」など、いずれも異性との出会いを目的とするもの。コミュニティ内には、「16〜24歳の間の交際相手を希望します」「中学生。彼氏募集中です」といった書き込みがあふれ、中には4万件ものアクセスが集中するコミュニティもあった。
EMA(モバイルコンテンツ審査・運用監視機構)という団体が認定した安全サイトはケータイのフィルタリグから除外されることになっております。
しかし、EMAという団体自体が、フィルタリングされたくないネット企業が集まって作っている団体だから、そんなところが「安全だ」と認定したサイトを信じて通過させる携帯電話会社も問題ですね。中途半端な「フィルタリング」をすることで責任回避を狙いながら、収益源である出会いサイトは遮断しない携帯電話会社を信じてはいけない。
ミクシィで女子中生と知り合い、売春させる…26歳男逮捕
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090428-OYT1T00908.htm
さらに
4月2日の読売新聞で
携帯「健全」サイト 「彼氏募集」書き込み続々
出会い系化 児童買春危ぶむ声
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090428-OYT1T00908.htm
という記事を見ました。
その一部を紹介します
未成年にも人気の携帯交流サイト「ミクシィ」や「モバゲータウン」に、警視庁が異例の削除要請に踏み切った。
削除要請を受けた6社のうち4社のサイトは、携帯サイト業界などで作る審査機関「モバイルコンテンツ審査・運用監視機構(EMA)」から「健全サイト」として認定され、フィルタリング(閲覧制限)対象から除外されている。認定サイトが児童買春の温床になりかねないと判断された形で、今後、審査のあり方も問われそうだ。
今年1月、ミクシィの書き込みをチェックしていた警視庁少年育成課の担当者は、驚いた。「出会い」というキーワードでサイト内を検索すると、約600件ものコミュニティ(サイト内のグループ)が見つかったのだ。「出会いが欲しい」「出会いという奇跡」「一期一会の出会い」など、いずれも異性との出会いを目的とするもの。コミュニティ内には、「16〜24歳の間の交際相手を希望します」「中学生。彼氏募集中です」といった書き込みがあふれ、中には4万件ものアクセスが集中するコミュニティもあった。
EMA(モバイルコンテンツ審査・運用監視機構)という団体が認定した安全サイトはケータイのフィルタリグから除外されることになっております。
しかし、EMAという団体自体が、フィルタリングされたくないネット企業が集まって作っている団体だから、そんなところが「安全だ」と認定したサイトを信じて通過させる携帯電話会社も問題ですね。中途半端な「フィルタリング」をすることで責任回避を狙いながら、収益源である出会いサイトは遮断しない携帯電話会社を信じてはいけない。
犯罪の扉08:家出サイトと少女狙う「泊め男」
読売新聞に「家出サイト、新たな闇」という記事が出ていました。
携帯サイト上に無数にある「家出掲示板」。家出をしたい少女と、少女を家に泊めたい男、いわゆる「泊め男(とめお)」をつなぐ。それはあまりに危険な「出会いの場」だ。
http://www.yomiuri.co.jp/net/report/20090427-OYT8T00537.htm
出会い系サイトは本人確認義務化など規制強化され、スタービーチなど大手の出会い系サイトは閉鎖に追い込まれましたが、出会い系サイトではない出会いのサイトは依然元気に運営されています。
試しにケータイで「家出掲示板」を検索したら出るわ出るわ、最初の30件くらいを覗いてみましたがこれは問題ですね。
少女がケータイ掲示板で書き込むだけで簡単に泊め男が見つかり、生活道具を着払いで送ってあとは行くだけ。
もちろん危険と隣り合わせ。監禁されて複数人で強姦されたり、家賃分を働けといわれ売春させられるなどの被害も当然ある(少なくないでしょうね)
フィルタリングをかけてもブラックリスト方式なら殆ど効果なしだし、ホワイトリスト方式を選んでも、ミクシィなどに入れば簡単に不特定多数と出会いができるので、あまり効果がないでしょうね。
携帯サイト上に無数にある「家出掲示板」。家出をしたい少女と、少女を家に泊めたい男、いわゆる「泊め男(とめお)」をつなぐ。それはあまりに危険な「出会いの場」だ。
http://www.yomiuri.co.jp/net/report/20090427-OYT8T00537.htm
出会い系サイトは本人確認義務化など規制強化され、スタービーチなど大手の出会い系サイトは閉鎖に追い込まれましたが、出会い系サイトではない出会いのサイトは依然元気に運営されています。
試しにケータイで「家出掲示板」を検索したら出るわ出るわ、最初の30件くらいを覗いてみましたがこれは問題ですね。
少女がケータイ掲示板で書き込むだけで簡単に泊め男が見つかり、生活道具を着払いで送ってあとは行くだけ。
もちろん危険と隣り合わせ。監禁されて複数人で強姦されたり、家賃分を働けといわれ売春させられるなどの被害も当然ある(少なくないでしょうね)
フィルタリングをかけてもブラックリスト方式なら殆ど効果なしだし、ホワイトリスト方式を選んでも、ミクシィなどに入れば簡単に不特定多数と出会いができるので、あまり効果がないでしょうね。
2009年04月25日
ねちずん村の村長さんの講演を聞きました
先日(といっても2週間ほどまえ)、ねちずん村という団体の村長さん(代表)の講演を聴く機会がありました。群馬大の教授でいらっしゃる下田教授がメインスピーカーでしたが主催者側の事情で1時間程の短い講演でした。
ですから最も大事な内容だけを語られたのだと思いますが、子どもにケータイを持たせることで問題なのは、我が子に関わる人たち情報を親が把握出来なくなることにあるというお話をされていて、その点で私の主張と一致しているので安心しました。
全国レベルで活動されていて私たちのような小さな団体は足元にも及ばない程の影響力があるので、変な方向を向いていたら困ると思っていましたが、全く心配なさそうです。
ネット関連企業やマスコミなどは、子どもの安全や家庭の絆よりもケータイビジネスを擁護する方向で、フィルタリングのみ推進したり、ネットリテラシーの教育が必要だとだけいって、子どもに判断を押しつけ、親の干渉を弱くさせようとしていますが、「ねちずん村」さんは家庭を大事にするし、親と先生が子どもを守れる社会を願って活動されているようでした。
日本にこのような団体があることは、とても希望を感じます。
ねちずん村
http://www.netizenv.org/
ですから最も大事な内容だけを語られたのだと思いますが、子どもにケータイを持たせることで問題なのは、我が子に関わる人たち情報を親が把握出来なくなることにあるというお話をされていて、その点で私の主張と一致しているので安心しました。
全国レベルで活動されていて私たちのような小さな団体は足元にも及ばない程の影響力があるので、変な方向を向いていたら困ると思っていましたが、全く心配なさそうです。
ネット関連企業やマスコミなどは、子どもの安全や家庭の絆よりもケータイビジネスを擁護する方向で、フィルタリングのみ推進したり、ネットリテラシーの教育が必要だとだけいって、子どもに判断を押しつけ、親の干渉を弱くさせようとしていますが、「ねちずん村」さんは家庭を大事にするし、親と先生が子どもを守れる社会を願って活動されているようでした。
日本にこのような団体があることは、とても希望を感じます。
ねちずん村
http://www.netizenv.org/
2009年03月26日
性教育訴訟に見る新聞各社の違い
現在、七尾養護学校(現・七生特別支援学校)の性教育訴訟問題をご存じでしょうか。
過激な性教育と、それに対する判決に対して、新聞社の対応が分かれています。こういうテーマだと新聞社の思想とか価値観が明確になります。
都議が訴えられているのは次の点です。
この問題では、避妊具を装着するための男性器の模型を使って性交の仕方を教えるなど、独自の性教育を行っていた養護学校を都議3人が視察し、教材を没収。教員らが損害賠償を求め提訴した。判決で東京地裁は、都議の行動を「学校の性教育に介入し、教育の自主性を阻害した」として、教育基本法が定める「不当な支配」と認定し、都議と都に計210万円の損害賠償を命じた。
産経新聞のニュースを見ると次のように報道されています
→(2009.3.13)
知的障害がある児童生徒を対象とした同校では、独自の性教育を展開した。精通の指導では、男性器を模した模型から精液に似せた白い液体が飛び出るものもあった。男子生徒が集会室で突然、「学校で恥ずかしいことじゃないと教わった」と自慰行為を始めたこともあった。
いくら養護学校といえども、授業中に堂々とマスターベーションをし始める子が現れるような授業は、私はかなり異常な教育だと思います。
実際の教材の写真がありますので興味のある方はご覧ください。
ただし、いきなり過激な写真が出ますのでご注意ください。
→「性教育 これでいいのか?−小学校で性交人形を使った性教育−」
ここで新聞各社の対応を紹介します
簡単にまとめると、
【産経新聞】と【読売新聞】は、
・良くない性教育であり
・都議の行為は当然
と主張していますが、
【朝日新聞】と【東京新聞】は逆で、
・この性教育に問題はなく
・都議の行為は不当である
と主張しています。
【産経新聞】 『性教育 過激な内容正すのは当然』(主張、3月14日)
問題の性教育は性器のついた人形を使うなど不適切な内容であり、都議らの是正に向けた取り組みは当然の行為だ。これを不当とした判決は極めて疑問である。
【読売新聞】 性教育判決 過激な授業は放置できない(社説、3月16日)
東京都議の言動に行き過ぎた面はあったかもしれない。しかし、政治家が教育現場の問題点を取り上げて議論し、是正していくこと自体は、当然のことと言えるだろう。
【毎日新聞】「不当な支配」判決 教委の存在意義が問われた
もちろん授業を見たり批判したりしてはならないというのではない。より適した改善や向上を目指す自由で建設的な批判や討議、意見交換は活発に行われるべきだ。しかし、判決が指摘したように、都議の言動は教員を萎縮(いしゅく)させる高圧的な非難といわざるを得ない。そして傍観的態度をとった都教委の責任の重大さを考えなければならない。
【朝日新聞】 『性教育判決―創意つぶす「不当な支配」』(社説)
知的障害をもつ子どもたちが、性犯罪の被害者にも加害者にもならないためにどうしたらいいか。現場の教員らは日々悩みながら工夫を重ねていた。やり玉にあげられた人形は、自分のからだの部位を把握することも難しい子どもたちに、わかりやすいようにと考えた末の結果だ。
(中略)
これだけでなく、日の丸・君が代をめぐる起立と斉唱を義務づけ、大量の教職員を処分してきた石原都政下の都教委では、現場の自主性を害するような政策が続いてきた。
【東京新聞】『不当支配』認定 教育介入へ当然の判決(社説)
養護学校を訪れた東京都議が反論もさせないまま性教育を一方的に非難したのは旧教育基本法が禁じた「不当な支配」と認定された。現場に立ち入って教育の自主性を侵した行為を猛省すべきだ。
毎日新聞は明言していませんが、過去の記事をみれば七生養護学校の性教育を評価しています。
→ 「スローライフ スローセックス」
社説で比較してみましたが、記事の見出しや内容にもこの思想や価値観が表れているのは当然です。従って、読んでいる新聞によって極端な影響を受けることになります。
性教育については、愛読している新聞によって、かなり違う考えを持つことになると思います。
私は昔、朝日新聞を読んでいたときに、愛国心が無くなり、社会に対して批判的になっていく自分に気づいて、それ以降は朝日新聞を読まなくなりました。過激な「朝日ジャーナル」は廃刊になりましたが、その路線は今も変わっていないようです。
新聞の記事も、そのまま鵜呑みにしてはいけないということですね。自分のアタマで考えることが大切だと思います。
それにしても、この裁判の行方は気になります。
私は都議を応援したいと思っています。
過激な性教育と、それに対する判決に対して、新聞社の対応が分かれています。こういうテーマだと新聞社の思想とか価値観が明確になります。
都議が訴えられているのは次の点です。
この問題では、避妊具を装着するための男性器の模型を使って性交の仕方を教えるなど、独自の性教育を行っていた養護学校を都議3人が視察し、教材を没収。教員らが損害賠償を求め提訴した。判決で東京地裁は、都議の行動を「学校の性教育に介入し、教育の自主性を阻害した」として、教育基本法が定める「不当な支配」と認定し、都議と都に計210万円の損害賠償を命じた。
産経新聞のニュースを見ると次のように報道されています
→(2009.3.13)
知的障害がある児童生徒を対象とした同校では、独自の性教育を展開した。精通の指導では、男性器を模した模型から精液に似せた白い液体が飛び出るものもあった。男子生徒が集会室で突然、「学校で恥ずかしいことじゃないと教わった」と自慰行為を始めたこともあった。
いくら養護学校といえども、授業中に堂々とマスターベーションをし始める子が現れるような授業は、私はかなり異常な教育だと思います。
実際の教材の写真がありますので興味のある方はご覧ください。
ただし、いきなり過激な写真が出ますのでご注意ください。
→「性教育 これでいいのか?−小学校で性交人形を使った性教育−」
ここで新聞各社の対応を紹介します
簡単にまとめると、
【産経新聞】と【読売新聞】は、
・良くない性教育であり
・都議の行為は当然
と主張していますが、
【朝日新聞】と【東京新聞】は逆で、
・この性教育に問題はなく
・都議の行為は不当である
と主張しています。
【産経新聞】 『性教育 過激な内容正すのは当然』(主張、3月14日)
問題の性教育は性器のついた人形を使うなど不適切な内容であり、都議らの是正に向けた取り組みは当然の行為だ。これを不当とした判決は極めて疑問である。
【読売新聞】 性教育判決 過激な授業は放置できない(社説、3月16日)
東京都議の言動に行き過ぎた面はあったかもしれない。しかし、政治家が教育現場の問題点を取り上げて議論し、是正していくこと自体は、当然のことと言えるだろう。
【毎日新聞】「不当な支配」判決 教委の存在意義が問われた
もちろん授業を見たり批判したりしてはならないというのではない。より適した改善や向上を目指す自由で建設的な批判や討議、意見交換は活発に行われるべきだ。しかし、判決が指摘したように、都議の言動は教員を萎縮(いしゅく)させる高圧的な非難といわざるを得ない。そして傍観的態度をとった都教委の責任の重大さを考えなければならない。
【朝日新聞】 『性教育判決―創意つぶす「不当な支配」』(社説)
知的障害をもつ子どもたちが、性犯罪の被害者にも加害者にもならないためにどうしたらいいか。現場の教員らは日々悩みながら工夫を重ねていた。やり玉にあげられた人形は、自分のからだの部位を把握することも難しい子どもたちに、わかりやすいようにと考えた末の結果だ。
(中略)
これだけでなく、日の丸・君が代をめぐる起立と斉唱を義務づけ、大量の教職員を処分してきた石原都政下の都教委では、現場の自主性を害するような政策が続いてきた。
【東京新聞】『不当支配』認定 教育介入へ当然の判決(社説)
養護学校を訪れた東京都議が反論もさせないまま性教育を一方的に非難したのは旧教育基本法が禁じた「不当な支配」と認定された。現場に立ち入って教育の自主性を侵した行為を猛省すべきだ。
毎日新聞は明言していませんが、過去の記事をみれば七生養護学校の性教育を評価しています。
→ 「スローライフ スローセックス」
社説で比較してみましたが、記事の見出しや内容にもこの思想や価値観が表れているのは当然です。従って、読んでいる新聞によって極端な影響を受けることになります。
性教育については、愛読している新聞によって、かなり違う考えを持つことになると思います。
私は昔、朝日新聞を読んでいたときに、愛国心が無くなり、社会に対して批判的になっていく自分に気づいて、それ以降は朝日新聞を読まなくなりました。過激な「朝日ジャーナル」は廃刊になりましたが、その路線は今も変わっていないようです。
新聞の記事も、そのまま鵜呑みにしてはいけないということですね。自分のアタマで考えることが大切だと思います。
それにしても、この裁判の行方は気になります。
私は都議を応援したいと思っています。
2009年03月01日
子どもの防犯対策講座
を受けてきました。民間のNPO団体の講座でした。
防犯対策には
・犯罪機会を減らす方法
・犯罪原因を探る方法
があるが、特に子どもに対しては前者の方法で考えるべきだそうです。
(後者の)犯人像や犯罪手口を教えて「自分で判断して、自分で防御しなさい」という丸投げはすべきでないと言っていました。こうすれば助かる、こうすれば逃げられるという丸投げはよくないということでした。
「子どもに判断と対応を丸投げしない」というのは私も同感です。ケータイを持たせることで、親がフィルタになれなくなるため、結果的に子どもに判断と対応を丸投げすることが問題であると考えています。地域の防犯についても同じだと思っています。
だから、犯罪機会を減らす対応が重要であるということで、犯罪に遭いにくい環境作りが重要であり、犯罪に遭いやすい場所を特定して子どもに近づかないように教えることが重要であると講師がおっしゃっていました。なるほどと思いました。
一例として、落書きが多い場所は人目のつきにくい場所だから、危険な場合が多いそうです。落書きは「いたちごっこ」になっても消し続けるべきだそうです。
そういえば、以前にニューヨークのジュリアーニ市長が、地下鉄の落書き(軽犯罪)に対する取り締まりと罰則を強化した結果、凶悪犯罪が激減したという事例を思い出しました。
ただ、講演の後半の、性教育やCAPの紹介では、完全に「子どもに丸投げ」の対応で、講師自身の論理矛盾を感じました。
安全な環境を作ってあげるのではなく、「こうすれば安全、こうすることは危険」という判断を子どもにさせる教育のようです。講師自身がまだ頭の整理が十分に出来ていないのでしょう。
実際に性器の名を覚えさせる性教育での利点と欠点は次のようなものがあると聞いています。
【利点】
今まさに性行為をしている子どもと、性行為をしようとしている子どもに対しては、詳しい性の知識を与えることで、妊娠中絶などの被害を減らせる。
【欠点】
手をつなぐのが精一杯だったカップルが、性教育を受けた後、お互いの性器を見せ合うようになる。
と、一部の子どもたちには救いになりますが、多くの子どもたちには却って興味を持たせ、セックスの話は恥ずかしいことではないという正当化の材料にもなっています。
またCAPの利点と欠点については
【利点】
親兄弟や親戚から虐待を受けている子に対しては、「NO」と言えるようになることで、救済の道が開ける。
【欠点】
「親が正しいとは限らない」「必ずしも親に従わなくてよい」という教育が、親への尊敬心を失わせ、子どもを「わがまま」にするため、親の言うことを聞かなくなるという問題が多発している。
どちらの場合も、すぐに救済が必要な子に対しては効果があるのですが、その他大勢の子どもに対しては、好ましくない影響を与えることになります。
その原因は、やはり「子どもに判断を丸投げする」という発想にあると思います。「親を信じていいか悪いかの判断」を子どもに丸投げする。「性行為をするかしないか」を子どもに丸投げするという教育のため、結果的に子どもに無理な負担がかかっているのだと思います。
子ども全体に性教育やCAP教育を施して子ども自身に判断と責任の重荷を負わせる前に、安全な社会環境と家庭環境を整備してあげることが先だと思います。性教育がいらないような安全な環境を作ってあげる努力の方が大切だと思います。
これらのことは、利点と欠点の両方を教えてくれないと、保護者として正しい判断が出来ません。両方を聞いた上で、我が子には受けさせるべきか、受けさせないかを保護者が判断できるようにしてもらいたいものです。
ケータイも同じです。いつでも子どもと連絡が取れて便利で安心だという利点がありますが、同時に子どもの交友関係を監視できなくなるという欠点もあります。(これは深刻な問題なのです)
携帯電話会社も、ケータイ関連サービスの会社も、マスコミも、そのような欠点については一切保護者に伝えてくれません。欠点も同時に伝えてくれていたら、ケータイを持たせる親は少なかったかもしれません。
防犯対策には
・犯罪機会を減らす方法
・犯罪原因を探る方法
があるが、特に子どもに対しては前者の方法で考えるべきだそうです。
(後者の)犯人像や犯罪手口を教えて「自分で判断して、自分で防御しなさい」という丸投げはすべきでないと言っていました。こうすれば助かる、こうすれば逃げられるという丸投げはよくないということでした。
「子どもに判断と対応を丸投げしない」というのは私も同感です。ケータイを持たせることで、親がフィルタになれなくなるため、結果的に子どもに判断と対応を丸投げすることが問題であると考えています。地域の防犯についても同じだと思っています。
だから、犯罪機会を減らす対応が重要であるということで、犯罪に遭いにくい環境作りが重要であり、犯罪に遭いやすい場所を特定して子どもに近づかないように教えることが重要であると講師がおっしゃっていました。なるほどと思いました。
一例として、落書きが多い場所は人目のつきにくい場所だから、危険な場合が多いそうです。落書きは「いたちごっこ」になっても消し続けるべきだそうです。
そういえば、以前にニューヨークのジュリアーニ市長が、地下鉄の落書き(軽犯罪)に対する取り締まりと罰則を強化した結果、凶悪犯罪が激減したという事例を思い出しました。
ただ、講演の後半の、性教育やCAPの紹介では、完全に「子どもに丸投げ」の対応で、講師自身の論理矛盾を感じました。
安全な環境を作ってあげるのではなく、「こうすれば安全、こうすることは危険」という判断を子どもにさせる教育のようです。講師自身がまだ頭の整理が十分に出来ていないのでしょう。
実際に性器の名を覚えさせる性教育での利点と欠点は次のようなものがあると聞いています。
【利点】
今まさに性行為をしている子どもと、性行為をしようとしている子どもに対しては、詳しい性の知識を与えることで、妊娠中絶などの被害を減らせる。
【欠点】
手をつなぐのが精一杯だったカップルが、性教育を受けた後、お互いの性器を見せ合うようになる。
と、一部の子どもたちには救いになりますが、多くの子どもたちには却って興味を持たせ、セックスの話は恥ずかしいことではないという正当化の材料にもなっています。
またCAPの利点と欠点については
【利点】
親兄弟や親戚から虐待を受けている子に対しては、「NO」と言えるようになることで、救済の道が開ける。
【欠点】
「親が正しいとは限らない」「必ずしも親に従わなくてよい」という教育が、親への尊敬心を失わせ、子どもを「わがまま」にするため、親の言うことを聞かなくなるという問題が多発している。
どちらの場合も、すぐに救済が必要な子に対しては効果があるのですが、その他大勢の子どもに対しては、好ましくない影響を与えることになります。
その原因は、やはり「子どもに判断を丸投げする」という発想にあると思います。「親を信じていいか悪いかの判断」を子どもに丸投げする。「性行為をするかしないか」を子どもに丸投げするという教育のため、結果的に子どもに無理な負担がかかっているのだと思います。
子ども全体に性教育やCAP教育を施して子ども自身に判断と責任の重荷を負わせる前に、安全な社会環境と家庭環境を整備してあげることが先だと思います。性教育がいらないような安全な環境を作ってあげる努力の方が大切だと思います。
これらのことは、利点と欠点の両方を教えてくれないと、保護者として正しい判断が出来ません。両方を聞いた上で、我が子には受けさせるべきか、受けさせないかを保護者が判断できるようにしてもらいたいものです。
ケータイも同じです。いつでも子どもと連絡が取れて便利で安心だという利点がありますが、同時に子どもの交友関係を監視できなくなるという欠点もあります。(これは深刻な問題なのです)
携帯電話会社も、ケータイ関連サービスの会社も、マスコミも、そのような欠点については一切保護者に伝えてくれません。欠点も同時に伝えてくれていたら、ケータイを持たせる親は少なかったかもしれません。
2009年02月25日
子どもを産んで親になる
当たり前のことですが、もう少し深く考えてみます。
母親が子どもを産み育てることで親の愛情を持つように成るという話しです。これは私の体験というより一般的な話だと思います。
【第1段階】
男女が愛し合い結婚をします。「子どもが欲しいね」って言ったときの動機は?
・二人の愛の結実が欲しいという願望
・子どもが欲しいという願望
・親になりたいという願望
・自分の夢を子どもに託したいという願望
・後継ぎが欲しいという欲望
・老後や墓守をして欲しいという欲望
・美人の女の子が欲しい、ハンサムな男の子が欲しい
など、様々な願望があるでしょう。
【第2段階】
さて、程なくして妻が身ごもりました。どうなるでしょうか?
・浴びるほど飲んでいたビールを我慢する
・大好きなケーキやお菓子を少し我慢する
・暴飲暴食を我慢する
など、我慢の日々が続きます。
【第3段階】
だんだん胎児も大きくなってきました。生活はどうでしょうか?
・おなかの子どもに話しかける
・胎児の栄養を考えた食事にする
・体は重いけど、なるべく体を動かすように心がける
・腹部を圧迫しないように慎重な生活をする
・子どものために服やミルクなどをそろえる
など、我慢と言うより子どものための生活に変わります
【第4段階】
さらに進むと、
・風邪で高熱を出しても薬を飲まないで我慢する
・健康で五体満足でさえあればと願う
ここまで来ると生まれてくる子どものことしか頭にありませんね。
子どものために我慢しているとか、犠牲になっているという思いも何処かに行ってしまった感じです。
(第1段階から第4段階の分類は、説明のための私の勝手な分類です)
よく聞くことですが、「産んだら母胎が危ない」と言われたとき、「私は死んでも良いからこの子は生かしてください」と懇願する母親も少なくないと聞いています。
誰もが重いお腹を抱えながらも、自分の不自由さや苦しさなんか忘れてしまって、生まれてくる子どもの将来を心配しています。
第1段階では、言葉は悪いですが「自己中心な思い」が強いです。「私が子どもを欲しい!」という思いです。第一子の場合は多くが「自己チュー」だろうと思います。
それが第4段階になると、「生まれてくる子供が幸せになって欲しい」に変わっていきます。自分の願望ではなく、子供の幸せを願います。もはや自己中では無くなっています。
こうして僅か40週間の間に、女性は「母親の愛情」を持つようになります。これは感動的なことだし、奇跡的というか不思議な感じです。どうして短期間にそれほど変われるのか。
男性は40週間では変われない事が多いようです。私は3人目で初めて新生児の夜泣きを愛おしく思うようになりました。2人目までは正直言って苦痛でした。まあ私は特に問題なのかもしれませんが、女性が母親になるのに比べて、男性が父親になるのは遅れるだろうと思います。
母と父では多少の違いはありますが、子供が幸せになって欲しいという思いは、子育てをする以前と比べると比較にならない程、その思いは強くなっています。
戦場で、赤ちゃんを守るようにうずくまって死んでいる母子の姿をよく見かけると言うし、火災現場では、自分の体を防火壁にして子供を守ろうとしている親の姿をよく耳にします。
だから、子供を守るのは企業ではなく、政府でもなく、親なのだと思います。
たいした安全も保証してくれないのに「安心安全ケータイ」なんて名前を気軽に付けてしまうような企業に騙されないで、親の目線で、親が願う安全の基準で子どもたちを守っていきたいものです。
母親が子どもを産み育てることで親の愛情を持つように成るという話しです。これは私の体験というより一般的な話だと思います。
【第1段階】
男女が愛し合い結婚をします。「子どもが欲しいね」って言ったときの動機は?
・二人の愛の結実が欲しいという願望
・子どもが欲しいという願望
・親になりたいという願望
・自分の夢を子どもに託したいという願望
・後継ぎが欲しいという欲望
・老後や墓守をして欲しいという欲望
・美人の女の子が欲しい、ハンサムな男の子が欲しい
など、様々な願望があるでしょう。
【第2段階】
さて、程なくして妻が身ごもりました。どうなるでしょうか?
・浴びるほど飲んでいたビールを我慢する
・大好きなケーキやお菓子を少し我慢する
・暴飲暴食を我慢する
など、我慢の日々が続きます。
【第3段階】
だんだん胎児も大きくなってきました。生活はどうでしょうか?
・おなかの子どもに話しかける
・胎児の栄養を考えた食事にする
・体は重いけど、なるべく体を動かすように心がける
・腹部を圧迫しないように慎重な生活をする
・子どものために服やミルクなどをそろえる
など、我慢と言うより子どものための生活に変わります
【第4段階】
さらに進むと、
・風邪で高熱を出しても薬を飲まないで我慢する
・健康で五体満足でさえあればと願う
ここまで来ると生まれてくる子どものことしか頭にありませんね。
子どものために我慢しているとか、犠牲になっているという思いも何処かに行ってしまった感じです。
(第1段階から第4段階の分類は、説明のための私の勝手な分類です)
よく聞くことですが、「産んだら母胎が危ない」と言われたとき、「私は死んでも良いからこの子は生かしてください」と懇願する母親も少なくないと聞いています。
誰もが重いお腹を抱えながらも、自分の不自由さや苦しさなんか忘れてしまって、生まれてくる子どもの将来を心配しています。
第1段階では、言葉は悪いですが「自己中心な思い」が強いです。「私が子どもを欲しい!」という思いです。第一子の場合は多くが「自己チュー」だろうと思います。
それが第4段階になると、「生まれてくる子供が幸せになって欲しい」に変わっていきます。自分の願望ではなく、子供の幸せを願います。もはや自己中では無くなっています。
こうして僅か40週間の間に、女性は「母親の愛情」を持つようになります。これは感動的なことだし、奇跡的というか不思議な感じです。どうして短期間にそれほど変われるのか。
男性は40週間では変われない事が多いようです。私は3人目で初めて新生児の夜泣きを愛おしく思うようになりました。2人目までは正直言って苦痛でした。まあ私は特に問題なのかもしれませんが、女性が母親になるのに比べて、男性が父親になるのは遅れるだろうと思います。
母と父では多少の違いはありますが、子供が幸せになって欲しいという思いは、子育てをする以前と比べると比較にならない程、その思いは強くなっています。
戦場で、赤ちゃんを守るようにうずくまって死んでいる母子の姿をよく見かけると言うし、火災現場では、自分の体を防火壁にして子供を守ろうとしている親の姿をよく耳にします。
だから、子供を守るのは企業ではなく、政府でもなく、親なのだと思います。
たいした安全も保証してくれないのに「安心安全ケータイ」なんて名前を気軽に付けてしまうような企業に騙されないで、親の目線で、親が願う安全の基準で子どもたちを守っていきたいものです。
犯罪の扉07: 保護者が子どもを保護出来なくなる
子どもにケータイを持たせることによる一般的な危険性として、子どもを保護すべき保護者が、我が子を保護出来なくなるという問題が発生します。
【子どもにケータイを持たせていない場合】
まず、ケータイが無い時代、あるいは子どもにケータイを持たせていない場合を考えてみます。
子どもが外部と連絡を取るのは主に固定電話となります。固定電話の場合、保護者が出ることが多いでしょう。保護者が受けた電話を子どもに取り次ぐ訳ですが、ここでフィルタリングが働いています。
もし悪質と思われるセールスであれば、取り次がないで断るでしょう。言葉の悪いクラスメートや異性の場合は、取り次がないとか、取り次いでも心配で特別に意識をするでしょう。不良グループだったりしたら深刻に対策を考えるでしょう。
そのようにして、我が子の交友関係を自然に把握し、必要に応じてフィルタリングをしています。
我が子の友達が家に尋ねて来たら、そこで挨拶をしたりして、仲良しの友達の容姿や言葉遣いなどを自然にチェックすることが出来ます。
このように、ケータイが無い場合は、ごく自然に、我が子の交友関係を把握出来るし、子どもを保護出来るものです。
子どもにとっては、電話にしても訪問にしても、最初に相手の親が出ることが多いため、敬語や挨拶も自然に学んでいきます。
【子どもにケータイを持たせた場合】
しかし、子どもにケータイを持たせると、便利な反面、いくつかのデメリットも生じます。
まず、子どもにかかってくる電話や届くメールに関して、保護者は全く関わることがありません。子どもが誰と連絡を取っているのか、どんな言葉遣いの友達なのかも分かりません。不良グループと関わっていても気がつかないかもしれません。
また、わざわざチャイムを鳴らして来る子も少なく、ケータイで連絡を取り合って外で待ち合わせる事が多くなります。
そうなると、友達の性格も容姿も分かりません。相手は同年代なのか大人なのか、同性なのか異性なのかも分かりません。良くない友達から我が子を保護することが出来なくなります。
また、保護者の知らないうちに、詐欺サイトや悪意を持った人が子どもに直接コンタクトをとる事が出来るため、その判断と自己防衛を子ども自身に委ねることになります。大人なら騙されなくても、子どもは騙されることがありますから心配です。
悪意を持った人は家に尋ねてくることはありません。ケータイを使って、親が保護出来ない場所まで子どもを誘い出します。
それに、電話や玄関先で大人と接する機会が減るため敬語を使う機会も減ることになります。夜に電話をするのは失礼だとかのマナーも学ぶ機会が減ります。
寝不足や勉強不足、いじめなどの問題も深刻です。
【結論】
このように、子どもにケータイを持たせる場合、
・我が子の交友関係を把握出来なくなる
・悪い友達と付き合っていても保護者が気がつかない
・詐欺や悪質サイトなどの判断を子ども自身に委ねることになる
・敬語を使う機会が減る
・電話や訪問のマナーを実践する機会が減る
・ネットいじめに遭うことがある
などのデメリットがあります。
子どもにケータイを持たせる場合、保護者としてこのデメリットをどのようにして補うかを考える必要があると思います。
【子どもにケータイを持たせていない場合】
まず、ケータイが無い時代、あるいは子どもにケータイを持たせていない場合を考えてみます。
子どもが外部と連絡を取るのは主に固定電話となります。固定電話の場合、保護者が出ることが多いでしょう。保護者が受けた電話を子どもに取り次ぐ訳ですが、ここでフィルタリングが働いています。
もし悪質と思われるセールスであれば、取り次がないで断るでしょう。言葉の悪いクラスメートや異性の場合は、取り次がないとか、取り次いでも心配で特別に意識をするでしょう。不良グループだったりしたら深刻に対策を考えるでしょう。
そのようにして、我が子の交友関係を自然に把握し、必要に応じてフィルタリングをしています。
我が子の友達が家に尋ねて来たら、そこで挨拶をしたりして、仲良しの友達の容姿や言葉遣いなどを自然にチェックすることが出来ます。
このように、ケータイが無い場合は、ごく自然に、我が子の交友関係を把握出来るし、子どもを保護出来るものです。
子どもにとっては、電話にしても訪問にしても、最初に相手の親が出ることが多いため、敬語や挨拶も自然に学んでいきます。
【子どもにケータイを持たせた場合】
しかし、子どもにケータイを持たせると、便利な反面、いくつかのデメリットも生じます。
まず、子どもにかかってくる電話や届くメールに関して、保護者は全く関わることがありません。子どもが誰と連絡を取っているのか、どんな言葉遣いの友達なのかも分かりません。不良グループと関わっていても気がつかないかもしれません。
また、わざわざチャイムを鳴らして来る子も少なく、ケータイで連絡を取り合って外で待ち合わせる事が多くなります。
そうなると、友達の性格も容姿も分かりません。相手は同年代なのか大人なのか、同性なのか異性なのかも分かりません。良くない友達から我が子を保護することが出来なくなります。
また、保護者の知らないうちに、詐欺サイトや悪意を持った人が子どもに直接コンタクトをとる事が出来るため、その判断と自己防衛を子ども自身に委ねることになります。大人なら騙されなくても、子どもは騙されることがありますから心配です。
悪意を持った人は家に尋ねてくることはありません。ケータイを使って、親が保護出来ない場所まで子どもを誘い出します。
それに、電話や玄関先で大人と接する機会が減るため敬語を使う機会も減ることになります。夜に電話をするのは失礼だとかのマナーも学ぶ機会が減ります。
寝不足や勉強不足、いじめなどの問題も深刻です。
【結論】
このように、子どもにケータイを持たせる場合、
・我が子の交友関係を把握出来なくなる
・悪い友達と付き合っていても保護者が気がつかない
・詐欺や悪質サイトなどの判断を子ども自身に委ねることになる
・敬語を使う機会が減る
・電話や訪問のマナーを実践する機会が減る
・ネットいじめに遭うことがある
などのデメリットがあります。
子どもにケータイを持たせる場合、保護者としてこのデメリットをどのようにして補うかを考える必要があると思います。
